女火薬師が創る究極の線香花火『ひかりなでしこ』
光の弾ける様が、まるで撫子の花びらのよう、と命名された線香花火『ひかりなでしこ』は、化学専門書を読破する研究肌の女火薬師、斉藤公子さんの手から生まれた。
縁先に竹のしょうぎ、豚の蚊遣に風呂上がりの浴衣姿の子供たち。一瞬昼間のように周囲を明るくする花火や、くるくる回って走りねずみ花火に嬌声をあげたあと、最後はいつも線香花火。火玉がポトリと落ちると、残念なようなほっとしたような気持ちで、”あー、落ちた”と口々にいう。家族が核化する前、3世代が共に楽しむことができたひととき。松煙の香りとともに記憶に残るノスタルジックな夏のワンシーンだ。Feature
005では、大人の花火『ひかりなでしこ』の研究を続け、究極の一品を完成させた女花火師をご紹介したい。
絶妙なさじかげんの賜物
斉藤さんが線香花火の開発にこだわり出した理由は、“近頃、昔のような線香花火がなくなった”と嘆く人々の声を聞いたことに始まる。これでよし、と思える火花を出せるのに30年かかったという。外国産の味わいを欠くおもちゃ花火では満足できない人々にとっては朗報。しかし、たかが線香花火といってはいられない、どうやら奥深いものらしい。
では、その”昔のような火花”はどこから生まれるのか。斉藤さんは研究のすえに得た奥義の一端を教えてくれた。
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まずは佳い松煙をつくること。赤松の60年ものがよいという。目の前で燃やしてくれた一片の赤松はぼうぼうと焔を上げて燃え、黒々とした煙をあげた。これを集めたものが松煙だ。集められる松煙の質とともに佳い火花を発するにはその量も重要だ。多すぎても少なすぎてもいけない、0.08グラムが宜しい。また、松煙にまぜる硝酸カリウムと硫黄の混合比率も大事。これは企業秘密。もう一つの要素は混合物を包むこよりの紙。最後の火玉を支えるのが和紙の繊維で、これがよくないと早く落ち過ぎたり、いつまでも落ちなかったりする。曰く”止まる時は止まり、落ちる時は落ちる”べし。(ん・・・禅問答のよう・・・・・)
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江戸の粋人が好んだ冬の花火
今どき、こよりを知らない人も多いだろう。薄い和紙を細く切った短冊を、先端から両手の親指と人指し指を使ってきりりと撚ってゆく。撚りをかけられた和紙は、ピンと背筋がとおり、立てて持っても曲がらない。『ひかりなでしこ』は、このこよりの先端3cmくらいに火花のもとが巻込まれている。さらに、斉藤さんのこだわりは、こよりを作る和紙を、すおう、すすき、きはだ、紅花などの植物で自ら染める。そして手塩にかけて創り上げた『ひかりなでしこ』は箱入り娘だ。乾燥のための一片の竹炭とともに桐箱に入っている。しばらく置いてよく乾燥させたほうが、火花の色が鮮やかに出るという。江戸時代には、秋冬でも土間の火鉢のうえでよく乾いた線香花火を楽しんだという。現代ならさしずめマンションのベランダで、というわけだ。
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たった数十秒の大きな幸せ
因に、この純国産手づくりの線香花火は、おもちゃ花火検査場による検査で、直径30cmの広がりを確認されている。最長記録だそうだ。
パチッ、パチッ、パチパチパチッ、と小さな光を勢いよく放つ『ひかりなでしこ』は、数十秒の幸せの時をくれる。最後の火玉が小さく震えながら、まだまだ、といった風情でパチッ・・・パチッ・・・、と暗闇に繊細な光を飛ばし、瞬きをした次の瞬間にポトッと落ちるさまは実に儚く、健気で美しい。『ひかりなでしこ』は、1本100円だが、これがが高価なのか、そうでないのか。私には火をつけた3本がくれた幸せの数十秒は、コーヒー一杯に優るように思われた。心の底から、じわーーと染みだしてくるような幸せ感だった。まさに癒し系である。(よこやまゆうこ)
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