窓にひらめく赤い紐
和紙の厚さにより異なるが、だいたい13〜15枚が貼り重ねられると、えごま油を手で塗ってゆく。硬化油なので手が熱い!と感じるくらいの温度にまで上げて、布を使って2度塗りする。裏には柿渋を撒く。そして、たっぷりえごま油を吸い込んだ3坪10平米の一枚紙を乾かすのがまた一苦労。一日中快晴であろう日を狙って、3人かがりで屋根まで持ち上げる。だから梅雨がくる前に仕上げなければならない。 |
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一度は屋根からつるりと落としてしまい、だめにしてしまったこともあるという。大敵は鳥。糞を落とされたらもう直すことができない。鳥よけの赤い布を針金に結んで渡して、後は鳥が上空から糞を落とさないことを祈るばかり。
開け放たれた作業場の窓にも、赤い紐が何本も吊り下がっている。窓を開け放して作業するので、鳥が飛び込んでこないためだそうだ。また、この頃は作り手も年をとってきて屋根に運びあげるのが危ないので、室内で干すようにしているという。
3mmほどの厚さに打ち合わされた油団は、冬場は丸めて納屋などに保管されることが多い。季節が巡ってきて再び広げた時、端がめくれあがり足をとられるようなことがないため、専用の留め金も考案されている。薄めで堅い油団が上質とされ、良質の和紙を使うことと、油をたっぷり染み込ませることが肝要。牧野さんの作る油団は、広げて暫くするとぴたっと畳に添い、端がめくれることはないという。修理のために持ち込まれた古い油団は、しみ一つないものから、端がちぎれていたり、数カ所に穴があいているものまで。油団の運命も使う人次第というわけだ。
私の訪問にあわせて昨日広げた、とおっしゃる30年以上たつという油団は、すでにしっとりと畳に馴染み、庭の緑陰を映しこみ、逆光をうけて艶めかんばかり。 |
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時代のたった細かな編み目の藤の敷物も美しいし、漆を拭き込んだ欅の床も美しい。しかし、油団は、和室にふさわしい敷物として、今までに見たこともない種類の美しさを持っている。
牧野さんは、子供の頃、よく親に、油団のうえで昼寝をすると風をひくよといわれたものだとおっしゃる。数年前、福井テレビが室温と油団上の温度をセンサーで計ったところ、油団の上は室温より2度低かったという。和紙の力、恐るべしである。 |
もう作らないのですか?
牧野父子の口ぶりからは、世の中が必要としなくなった油団は、もう作る必要はないんじゃないか、という雰囲気が伺える。作るほうの苦労ばかりではなく、使うほうも、2日にあげず乾拭きをしたり、糠袋で拭いたり、涼風のたつころには丸めてしまったり、初めのうちは水分をこぼしたままにしておくとシミになったり、重い家具をのせておくと型が残ったりと、世話が焼ける。しかし、初めは白っぽかった油団が、次第にあめ色に変化し、堅く丈夫な表面をもつようになり、それからは水をこぼしても、家具を置いても大丈夫。手作りのものは、手をかけて育てるという心意気があってこそ、美しさを引き出すことができるというが、油団もそのようだ。作り手の制作能力にちょうどみあうくらい、油団を欲しいという人が居て、この手仕事の技が消えてしまわないことを願うばかりだ。
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