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SIDE STORY 9




壁と天井の『袋張り』が乾いたところで、『上貼り』にかかる。全体に糊を塗った柔らかい紙を、まっすぐに天井に貼るのはけっこう技術がいる。しかし、流し漉きの和紙が素晴らしいのは、剥がしてやり直しがきくところ。定規で確認しながら重なった部分が歪んでゆかないよう、注意しながら貼り進む。

貼り上がった部屋。単純に真っ白なのではなく、下貼りが透けて見えたり、和紙の幽かな色のむらが景色になっている。

刷毛とヘラ。ヘラは用途によってすべて厚さが異なる。和紙を『水切り』するときも、ヘラをあて水を含ませた刷毛をさっと押し付け、やさしく紙を引っ張ると、両端とも繊維がほわほわと出た『耳付き』のようになる。手の部分が短く切られているヘラは、使い勝手が良いように自分で切ったとか。職人さんはまず自分にあった道具を作ところから始める。
  8月15日

昨日の『袋張り』は一晩で乾燥している。今日はその上に『上貼り』をかける作業だ。使用する紙は、事前に決めていた高野和紙。高野山の麓でおばあさんが一人で漉いているという素朴で丈夫な紙だ。“おばあさんが一人...”と聞いて、迷うことなく決めたものだ。

昼もすぎ、夕食も終わり、作業は粛々と進行しているが、思いのほか時間がかかっている。天井に梁が2本あったり、2つの押し入れの扉は、はずした状態で観音開きの左右の紙がつながっていくように寸法取りしなければならないなど、手間のかかる作業となっているらしい。そこまで神経質にすることもないのだが、一旦ルールを決めてやり始めると、途中でルールを変えるわけにはゆかなくなっているのだ。こんなところにもこだわりの仕事ぶりが伺える。

作業は早や深夜に及んでいる。11時を過ぎるころから、少し不安になってきた施主は、遠慮がちに参加の許可を求め、紙の糊つけ作業を専門に手伝い始める。固めの糊を糊盆にとり水を加えながらならしてゆく作業は、けっこう力がいる。4人のなかでも最短キャリアの女弟子は、昨日からの糊こね作業で腕の筋肉が痛いと言っている。“いつまでやるの?”との施主の心配をよそに、若親方は“もうこうなったら最後までやるっきゃないっしょ”と涼しい顔でいう。すでに時計は午前3時を指そうとしている。

やっかいだったのは、和室に入るドアが濃い目の色に塗られていることと、面一(つらいち)ではなく、よくある装飾風凸凹がついていることだった。下の色が透けて見えず、壁、天井と同質の感じをだすにはどうするかを考えたすえ、『袋張り』に使った紙をべた貼りにし、その上に、上貼りを重ねることで、壁や天井と違和感のない仕上げを目指そうということになった。そこで2番弟子はヘラを使って凸凹装飾の四方の際にきっちり紙が食いつくように、ドアノブやカギ穴の周りがぴしっと収まるようになど、見るからに難しそうな作業に取り組み、疲れもたまってきた体で、遂に明け方までの作業となってしまった。

4時半でリタイアした施主が短い眠りをむさぼっている間も、親方たちは完徹で全ての作業を終了。汚れにくく、かつ紙の繊維のけば立ちをおさえるための“こんにゃく糊”を全体にかける作業も終了。若親方の吸うたばこが、常は嫌煙家の施主にも、この時ばかりは、いかにも美味しそうに見えた。快晴の10時、やっと遅い朝食をとることができた。

4名の職人さんたちは、この突貫工事を、とても気持ちよく働いてくれた。完徹になるとは誰も予想していなかったが、爽やかに引き上げていく後姿に、ただ感謝あるのみ。建築関係の仕事には常に“現場”での判断や決断が必要とは聞いていたところだが、今回初めて、4畳半一間のささやかなものながら、“現場”の面白さを経験させてもらった気がしている。そして、職人さんたちが言葉少なに、お互いの仕事を目の中に入れながら、自分の持ち分をしっかり果たしてゆくプロ集団のチームワークの大切さを見せてもらった。

生まれ変わった和室がいっそう和室らしくなったかというと、そうではない。もとより琉球畳のぐるりに板を廻した変型和室であり、部屋中の平面に和紙を貼り巡らしたからといって、より和室っぽくなったわけでもない。ただ目にやさしく、心地よい部屋になった。こうしてみると、洋室でも、和紙の壁は十分その良さを発揮するように思われる。

さて、こうなってみると、窓と床窓の純白のプラスチック製サッシが目玉を剥いているようであり、その周りの赤っぽい木枠や床の木部が不釣り合いに見えてくる。宿題が残った。そして最後の決め手となるカーテン。これもこだわって手揉み和紙を貼りあわせて作ってみようか。

かくして、お盆大作戦はとどこおりなく終了。盆休み返上で働いてくれた職人さんたち、本当にありがとう。
(横山祐子)

写真:使った道具たち:各種の刷毛、大小のへら(じべら、パテべらなど)、定規(尺貫法のもの)、ホシズキ、はさみ、カッター。

 
       


(C)Copyright 2000 Johmon-sha Inc, All rights reserved.

 

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