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信州伊那谷の色を染め織る「伊那紬」の久保田治秀さんを訪ねて


かつて5月の伊那谷を訪ねたことがあります。山に囲まれ遅い春を迎えた里山は、木も草もいっせいに花をつけ、桃源郷とはこうした風景かもしれない、と思ったものでした。「伊那紬」の名はその記憶と重なり、楽しみな訪問となりました。伊那紬は、松本紬、上田紬、飯田紬とともに、総称として信州紬と呼ばれています。糸ごしらえ、染め、織りの一貫製造をするという、いまでは貴重な存在となった久保田織染工業を駒ヶ根市にお訪ねしました。


天竜川添い地方は、18世紀初めからすでに養蚕と織物が地場産業として興り、「信州、蚕の国、絹の国」として知られてきました。蚕が繭を喰いやぶってでてきてしまい穴のあいた繭など、京都、名古屋などの消費地に出荷できない繭を引き、自家用として染め織りをしたのが伊那紬の始まりです。昭和50年ころには、長野県だけでも120軒ほどの工房があったということですが、いまでは16軒。そのなかでも久保田さんが3代目を継ぐ久保田織染工業は、常時25名前後の織り手をかかえる大きな工房です。
明治43年、久保田さんの祖父久治氏が白地の紬布を使って型染めを始め、祖父の弟が織屋を興し、父、父の弟、そして久保田さんへと工房は受け継がれてきました。東京の大学を出て京都の問屋で3年間の修行、70年代初めの好景気に家業は忙しく、請われて叔父の後を継ぐことに。やがて厳しい時代の経営を担うことになりました。久保田さんは、交代する人のいない県の組合理事長を7年も勤める、この道35年の伝統工芸士です。
 
    久保田さんの作る伊那紬の大きな特徴は、まず糸。経糸には生糸、山繭糸、玉糸、真綿の手紡ぎ糸など、緯糸には玉糸か真綿の手紡ぎ糸を使います。玉糸とは、偶然2匹の蚕が一つの繭を作り、その繭から2本の糸を一緒に引き出したもので、空気が入る分だけふんわりとした風合いの布になるという稀少価値の高い糸です。
工房では製糸工場で紡がれた糸をボビンに巻取る“糸繰り”、巻とった糸をあわせる“合糸”、それに撚りをかける“撚糸”、さらに生糸のタンパク質をとりさる“精錬”、そして染め、織りの一貫作業が行われます。『工房探訪その30』で、京都西陣ではこれら一連の作業が分業システムで行われている様子をご紹介しましたが、久保田さんのところでは、ほとんどすべての工程を工房で行います。そうすることで、糸の組合わせと撚りのかけ方などを工夫し、欲しい風合いの糸を自在に作りだすことができます。片撚りはもろ撚りよりも光沢がでる、などの細かい手加減ができるのです。この糸そのものの風合いの差が、身にまとった人にしかわからない着心地の良さになるといいます。さらに、織りやすくするために染め上がった糸に糊をつけますが、久保田さんの工房では海草からできたふのりしか使いません。化学糊ではでない絹の艶がでるのだそうです。

    もう一つの特徴は、染材に地元伊那谷から手に入る植物しか使わないことです。リンゴ、いちい、唐松、山桜、白樺などの木の皮、やしゃぶし、団栗、胡桃などの木の実、15種類ほどもの植物が使われます。久保田さん曰く、“天然の材料から抽出される煎汁を使うので、同じ材料でも染め上がりの色は毎回微妙に違う。そこが草木染めの面白いところだ。でも、草木で染めた色は、どんな配色をもってきてもすんなりと馴染む。化学染料ではそうはゆかない”と。工房で織られる柄、配色はすべて久保田さんが決めています。

    染めの作業は肉体労働です。訪れた日も真夏日。大きなガス釜で煮た唐松の皮から出た染液を漉す作業をしている久保田さんは、まるでサウナから出てきた人のよう。上気した顔からは拭いても拭いても汗が滴り落ちました。漉された染液は洗濯機のような容器に移され、かせが自動的に回転するドラムにかけられ、さらに深い色が染まるようガスを焚いて液の温度をあげます。こうしたプロセスを経て植物の持つ色は絹糸に移され、微妙な光沢と優しい色あいの糸ができあがります。
一番楽しいことは、思いの色がでたとき、一番辛いことは肉体労働であること、とおっしゃる久保田さん。二人の息子さんのどちらかでも工房を継いでくれることを、口には出さないけれども強く願っている父親の思いがありました。
工房では見学を受けつけています。必ず連絡をしてからお出かけ下さい。
   
    久保田織染工業の連絡先:0265-83-2202
   


(2005/11 よこやまゆうこ)

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