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『型友禅の伝統を守る小糸染芸を訪ねて』

一枚の着物を作るために1500枚以上の型紙を用いる、と聞けば誰もが驚くでしょう。京の摺り友禅の伝統を受け継ぐ小糸染芸では、今もこのような緻密な図柄、多色摺りを守っています。明治元年創業の小糸染芸の社歴は、日本の着物の移り変わり、京都着物産業の変遷そのものといえそうです。
4代目小糸敏夫さんのお話は、伊勢型紙、染料、図案そして着物の新しい流通にまで及びました。
 
京都の正絹の着尺生産量は、昭和48年には1300万反あったものが、30年後の平成18年には70万反。30年間で1/20に減り、現在もなお減り続けているそうです。染めには豊富な水が必要ですが、京都盆地の中央に位置する堀川には伏流水が流れ込み、その豊富な水量のゆえに川のほとりには明治から大正にかけて4〜500軒の染め屋がありました。それが現在では京小紋を専門とする5〜6軒と、型染をする工房が70軒ほど残るのみ。激減という言葉があてはまりそうです。堀川御池で100年を過ごした小糸染芸も、すでに45年前、山科に移りました。
 
では、どのようにして京型染は明治期に一世風靡するようになったのでしょうか。小糸さんのお話を要約してみましょう。泰平な江戸300年間で多くの日本文化が爛熟期を迎えたように、着物も華美で巧緻なものが求められようになりました。手の込んだ手描き友禅はごく限られた人々のものである一方、型紙を使うことにより、華やかでしかも普及可能な着物が作れるようになりました。明治10年頃には化学染料が普及し、さらに色鮮やかな彩色が可能となりました。もちろんそれを可能にしたのは、美濃和紙に柿渋を塗った伊勢型紙の普及が大きな理由です。
美濃和紙は木曽川を舟で四日市などに運ばれ、1800年ごろには、伊勢型紙の行商人が500人もいて、全国に売り歩いていたとの記述が残っているそうです。現在は鈴鹿市白子町が伊勢型紙の産地です。江戸小紋や京小紋の作られる地で何故、型紙が彫られることはなかったのか。日本でただ一ケ所、三重だけで型紙が作られるようになったことは不思議な気もしますが、徳川御三家のお膝元であり、手厚い保護のもとに繁栄したといえば納得できます。ただ、京の公家が戦いに破れ、三重に都落ちしたときにもたらしたのがその始まりとの説もあるそうです。
 
広々とした工房には、長さ7.5mの、木目のない樅(もみ)の木の一枚板が頭上にずらりと並んでいます。200枚ほどもあるこれらの板は、先代、先々代から受け継いだもの。この幅と長さのもみの一枚板は今となっては手に入らない貴重なものです。その板に白生地を張り、墨の濃淡だけで複雑な模様を染めあげる「カチン染め」と呼ばれる着尺の染めが進んでいました。針の穴ほどに彫られた細かい模様の型紙をまったくずれることなく重ねてゆくのは、まさに職人技。例えば、全長13mの着尺の16ケ所に柄を置くとすると、その各所に100枚の型紙を使えば、合計1600枚の型紙が使われることになります。100色の色が挿されるということです。これほど手の混んだ摺り小紋は、もう小糸染芸にしかできないそうです。これも、これでもかというほど技巧に凝るという京都人の特質の伝統でしょう、と小糸さん。
現在、工房の職人さんは16名。多いときには60名もいたそうです。小糸染芸では、こうした手技で摺り染めするものと、シルクスクリーンで半分機械的に摺る方法の両方を使っています。明治後期から代々受け継がれてきた柄は9000柄。そのうち6000柄がパソコンに入っています。150種におよぶ分類の方法をとっており、例えば、日本の草花、雲、霞、雨などの自然現象という具合。面白いことに、草花の分類のなかでは桜の図柄が最多。400種類もあるそうです。日本人の桜好きが、ここでも証明されているようです。
 
 
  さて、9000柄が蓄積されているとはいいながら、現代の女性たちにアピールするものでなければなりません。そこで、5代目となるご長男を中心に、コシノジュンコ、花井幸子、ピエールカルダン、ケンゾーら、ファッションデザイナーにデザインを依頼するプロジェクトも多く手がけました。これらは爆発的に売れ、3年後、2、3のブランドを除き、いっきに終息したそうです。そういえば、そうした時代がバブル前にあったことを思いだします。
小糸さんが今目指すのは、現代的な感覚に古典の雅びを加味したオリジナルなデザインです。着物を着る人に望みたいことは、着物についてもっと知識をもってほしいこと。昔は常識として着物の価値感を誰もが共有していましたが、今の若い人たちは、あこがれはあっても知識がない。本当に良いものとそうでないものを見分ける目を養ってほしいと。今後の課題は、作り手と着る人の距離が縮まり、作り手の念いが着る人に通じ、着る人の好みが直に作り手に伝わるような流通を目指すことです。
    (2007/5よこやまゆうこ)

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