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『漆の魔術師 若宮隆志の漆宇宙』

重香合 夜叉ヶ池
110x110x190mm

塗り物に使われるウルシとは、漆の木から採集される樹液であることはご存知のとおり。3,40年前から、日本で使われる漆液の95%が中国産です。日本産漆は、漆掻きさんが消え、需要低下とともに山が荒れ、今また、こころある人々が植樹を始め、ところによっては漆液を収穫できるところまできています。
一方、近年のライフスタイルの変化に、家族のハレの場では漆の什器という決まり事が失われ、外食が増え、暮らしのなかでの漆器の出番は減る一方。残念ながら、これは不可逆的な現象のように思われます。漆の将来やいかに?


盒子 近江百景 乾漆
93x58x55mm

盒子 玉蜀黍 乾漆
115x70x50mm

代表的な漆器産地石川県輪島市で、ユニークな行き方を見いだしている作り手がいます。プロデユーサーとも言うべき立場で仕事をしている若宮隆志さんです。仕事の流れは映画監督のそれに似ています。まず、作りたいもののイメージを持ち、資料文献に当たり、デザインや意匠を考え、試作品を作り技法を決め、その表現に相応しい職人を選び、同じイメージを共有できるまで職人に説明し、作業途中のチェックを怠らず、さらに、完成品を販売するところまで、一貫して一人で行います。このようなもの作りのスタイルを貫いている作家は稀と言えるでしょう。輪島でも、こうした型破りなもの作りに異を唱える人がいることも確かです。若宮さんはそれらの雑音に惑わされることなく、フットワークも軽く、東京さらには、海外での活動も活発で、ロンドンを中心に、ファンやコレクターを増しつつあります。


六条御息所 漆芸額 変わり塗
365x303x45mm
V&A所蔵

有験の鐘 香合 青銅塗
55x90mm
ラッカー・アート・ミュージアム所蔵


若宮さんがこのようなもの作りをするようになった理由は、ふるさとの南志見(なじみ)が、輪島から少し離れていたために、アウトサイダー的距離を保って見ることができたから、とおっしゃいます。祖父は漆掻きの名人と呼ばれた人で、祖父に背を押されるようにして、若宮さんは漆の道を切り拓いてきました。
バブル期、高額な輪島漆器は飛ぶように売れ、塗師屋に勤めた若宮青年は、寝る間もなく働き、商いの裏も表もそっくり見てしまいました。現在の若宮さんの発想や仕事ぶりは、このときに学んだ反面教師に負うところが大きいとおっしゃいます。やがて、仕事の合間に喜三誠山に蒔絵の基礎を習い、さらに、平沢道和から乾漆技法や天日黒目などの漆芸の基礎を学ぶことになります。同じことの繰り返しによる習熟はその技を磨きますが、その他のこととなると全く知識も経験もない、ということになりかねません。若宮さんが選んだのは、習熟の細い道ではなく、過去にあった技法の再現、新しい試みからの発見と、柔軟な精神で縦横無尽に漆の世界を楽しむ道でした。ここで重要なのは豊富な情報であり、工夫や試行錯誤からの成功体験です。師の平沢氏がそうであったように、若宮さんも旺盛な好奇心と情報収集の熱意と、ものおじしない人間関係の広さを武器として、若宮ワールドを広げてきました。


抹茶椀 変わり塗 油滴天目
80x80x47cm

抹茶碗 不二山塗
118x118x85mm
ラッカー・アート・ミュージアム所蔵


漆の魔術師若宮隆志の作品の特徴の一つは、変わり塗。細かな貫入の入った抹茶椀が、木地と漆塗りでできていたり、緑青の浮いた銅の肌合いや、根付の鐔の鉄錆が漆で表現されていたり。また、意表を突いたアイディア、驚きやウイットがきっとどこかに隠されています。スマホやケータイ電話を4つも持つ兎の根付だったり、細かな歯を持つ魚の顔の石榴の香合だったり。これらは決して万人向きの品とはいえませんが、彼のユーモアや風刺を解して、一緒ににやっと笑ってくれるコレクターが一人、現れればいいのです。そして、広い世界には、そうしたものを求めているお客さんがいる、と彼は確信しています。論より証拠、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館、ドイツ ミュンスターのラッカー・アート・ミュージアムが彼の作品を収蔵しています。ラッカー・アート・ミュージアム館長モニカ・コプリン女史の言葉で締めくくりましょう。“若宮の技法はあらゆる細部にいたっても完全です。作品における着想と暗示の豊かさは同じように強い印象を与えます。形体、題材そして技法は、互いに関連しあい完全な作品を創造します。(中略)若宮はさまざまな材質や物体を模倣する特別な技量を持っています。彼は漆芸術の特異性を利用して真似て作ります。模倣するものが古い金貨や陶器の茶碗であれ、巧みに真似て相手を敬服させます。観る者はその物を手の中に持ったとき、真似たもとの姿を想像します。このような特別の技で作られた作品で、若宮は笠翁(りゅうおう)や是真(ぜしん)の芸術的技巧をさらに発展させ、偉大な伝統を今日まで継続させています。”(カタログより抜粋)
漆という素材の可能性を追求し、「人のこころに共鳴するもの作り」を目指す若宮さんは、これからも私たちを驚かせ、楽しませてくれるでしょう。


猫 矢立
130x43x30mm

兎 根付
45x34x35mm

*写真はすべてカタログより

<グループ展のお知らせ>

『小さな漆の手鏡展』が、輪島の中堅作家5名(芝山佳範、杉村 聡、古込和孝、若島英孝、若宮隆志)により開かれます。銀座三越 8階Gスペースにて、4月11日(水)〜24(火)日まで。
    (2012/4 よこやまゆうこ)

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