「漆のことを英語でジャパンと言います」と、漆関連の講演会などの基調講演で聞くことがあります。辞書にも出ています。Chinaが磁器、japanが漆器と。しかし、英文の中で、単にjapanと書いてあって漆器を意味することは、あまりないようです。むしろjapanningとかjapannedとして使われ、日本の漆器(蒔絵)を模してヨーロッパである時期さかんに工夫され使用された技法、その製品といった意味で使われています。
去る11月6日、輪島の
漆器作家若宮隆志さん
は、イギリスBantock House Museumで日本の漆器とジャパニングについてのレクチャーを行いました。バントックハウス博物館は主にイギリスで作られたジャパニング作品のコレクションを持ち、これを展示する地方史博物館です。
若宮さんのレクチャーの内容をかいつまんで記してみましょう。まず、漆とは何か、という基本的なことから話をされました。欧米で単にラッカーと言うと、鉱物とか化学物質で出来ているものと思われることが多いようです。ウルシの木を傷つけてそこから滲みだす樹液をかき集めて、水分を蒸発さ、顔料を混ぜて、、、という工程を経てやっと木地に塗る漆液ができることを知るひとは漆に関心を持つ人に限られます。天然の樹脂の場合、true lacquer とかnatural lacquerと言うのが良いようです。レクチャーで若宮さんを驚かせた質問は、“漆はかぶれると聞くが、そのような毒性のあるものをなぜ食器に塗布するのか”というもの。その答は、漆は乾くとき湿気を吸収して固まり、この漆液の特性がかぶれを起す。肌についた漆が肌のタンパク質から湿気を奪うためにかぶれるのであって、毒性があるのではない。この誤解は、“Poison ivyがウルシ属一般を挿すことからきているのかもしれません。
ジャパニングは、17世紀ころより東洋からの漆器の人気の高まりにより、自ら制作しようとしたイタリア、フランス、イギリスなどで広まり、日本の蒔絵と見間違えるほどのできばえのものもあります。2000人の職人を擁するジャパニング工場があったとの資料もあります。いかに当時のヨーロッパ人にとって漆黒の地に金で描かれたエレガントな模様をもつ家具や道具が魅力的だったかがわかります。
写真の二つのボックスは、イギリスの骨董店で見つけた茶箱です。湿気を避けるため鉛のライニングがあり、鍵つきです。精緻な作りではありませんから、“庶民のjapanned wareジャパンド ウエア”だったのでしょうか。
若宮さんは、『彦十蒔絵』として輪島の腕っこきの職人さんたちとともに、ユニークな漆作品を生み出しつづけていらっしゃいます。そして、毎年イギリスの美術品オークションに出品され、コレクターの間での人気も定着してきました。彼の作品は日本を飛び出し、ヨーロッパのコレクターたちを魅了しています。
ジャパニングは、技術的レベルから言えば、日本の蒔絵に及ばないかもしれませんが、ハイブリッドの面白さを発見できるかもしれません。
今回のイギリスに於ける事業はグレイトブリテン・ササカワ財団の支援を得て行われました。
(キャビネットなどの写真は、Encyclopaedia Britannicaから)
(2013/11 よこやまゆうこ)
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