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photo: 天使
<番外編><シリーズ・私のたからもの>『和田 仁さんの宝物は?』
    海の近くに住んでいても、めったに浜辺へは行かない、という方もいらっしゃるようです。海越えの富士山を臨む湘南の海の四季を楽しまない手はないのに、、、。
    造形作家の和田 仁さんは、この宝物を存分に満喫していらっしゃるようです。そして、宝物にまつわる洋の東西の寓話を、妄想豊かに深掘りして、現代への皮肉と諧謔に満ちたエッセイをお寄せくださいました。
<僕の宝物>
    家から歩いて数分、国道を渡り、飛砂防止の松林を抜けると渚に出る。いつもの散歩コースだ。波の音、陽差し、潮風、足の裏からそっと逃げていく砂を感じながら海と向き合う。背後にあるものが次第に小さくなっていく。「ま、いっか」と思う。
    両端が不思議な丸みを帯びた流木を見つけたり、波に磨かれて滑らかに光る小石をみやげに、すっかり大儲けした気分で背後の世界へ帰っていく。
    散歩中に出会う人たちは、みな気持がよい。近所に住む人、引退したクリーニング屋さん、サーフ・ショップのオーナー兼我が家の庭をみてくれている庭師の若者。挨拶を交わし、時に立ち話をし「じゃ、またね」と別れる。
    僕はこんな宝物に、天使と暮らしている。

<鬼の宝物>
    桃太郎の物語はよくご存知と思う。その解釈についても語り尽くされた感がある。個人的に気になっているのは、それが桃太郎側の視点で書かれていること。犬猿雉はどの順番で桃太郎にアプローチしたのか。黍団子は鬼が島遠征に参加させるほど魅力的なのか、ということだ。
    ちなみにアプローチは犬猿雉の順であるが、宝物について書こうとして、動物のことを気にしていると、(鬼)編集者から「原稿の進み具合はいかがでしょうか」と穏やかな調子で、「とっとと書け」という意味のメールが届いたりする。
    さてもう一方の当事者、鬼についてであるが、「豆まき」「コブトリじいさん」「おじゃる丸」という3点の資料からだけでも、豆をぶつけられ、「外!」と言われただけで退散し、闖入してきた明らかによそ者を即座に受け入れ宴席を共にし、使命感はあるが円満安定を目指している。つまり腕力、警戒心はなく、宴会好きで少なからず間が抜けている。そんな鬼が、果たして桃太郎が奪取したいと考えるほどの宝物を持っているのだろうか。
    鬼たちはどこで宝物を手に入れたのだろうか。桃太郎伝説の原典では村人から奪ったとされているが、村にはそれほどの宝物があったのだろうか。近隣の村や町も襲って、こつこつ貯めたのだろうか。鬼が島に住んでいるのだから、当然、海を超えなければならない。それだけの労力をかけてどれくらいの収入があるのか。
    鬼が島は島なので周囲は海である。そこには海洋資源があるはずだ。鬼たちは近海鮪や鱶鰭、牡蠣や真珠貝の養殖、珊瑚や海底から貴金属やレアメタルの採取、あるいは沈没船や海底油田の探査、といった事業を展開していたのではないだろうか。桃太郎が鬼が島遠征の末、犬猿雉が引く荷車に満載して持ち帰った金銀パールや珊瑚といった宝物の出所は、この説明のほうが納得できる。さらに言えば、犬猿雉は黍団子にではなく、宝物奪取という利権の臭いを嗅ぎつけていたのではないか、少なくとも犬は。
    いずれにせよ桃太郎の鬼が島襲撃は大成功だった。桃太郎は奪った宝物を原資に金融業を始めた。桃太郎金融はおおいに流行ったが、その取立ては苛酷を極めたので、桃太郎は鬼と呼ばれた。

<森の宝物>
    ハンスは木こりである。父もその父も木こりであった。すなわち代々貧しかったのである。いまや、その父もなく、ハンスは母と2人で暮らしている。相変わらず貧しく。なにしろ、財産といえる物は鉄の斧1つきりなのだ。それはかつて祖父が使い、父が使い、今ハンスが使って森の木を切り、薪にして売っている。
    今日もハンスは、森の主が住むという湖のそばで、木を切っていた。あと1撃で倒せる、とハンスは斧を振りかぶった途端、汗で手が滑って斧は背後に飛んでいってしまった。「しまった、たった1つの大切な財産なのに、これからどうやって暮らしていけばいいのだ」。斧が沈んだ湖を見つめ、ハンスは呆然としていた。
    突然湖面が泡立ち、そこに森の主は現れた。右手に金の斧、左手に銀の斧、頭の真ん中に鉄の斧、「ハンス、お前の斧はどれじゃーっ!」
和田 仁:神奈川県藤沢


photo: yy
(2023/5 よこやまゆうこ)

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