Home Feature Side Story Shopping About Us
prev.
<番外編><シリーズ・私のたからもの>『漆作家堀田洋二さんの宝物は「丹波」』
    堀田洋二さんの宝物は意外なものでした。下地を塗るためのヘラを削り出す刃物です。漆器の滑らかな表面を支えるのは下地。堅牢にするため地域や個人により異なる下地を施しますが、見えないところにこそ、ものを支える秘密があるようです。堀田さんの漆器の特徴は、錫粉を練り込んだ漆を塗る技法で、今ではほとんどやる人はいないとのこと。品良い輝きを放つ椀。使い込んでゆくとどんなふうに変化するのでしょう。断捨離の決心にも関わらず、使ってみたくさせる魅力があります。
    「無人島に一つだけ持っていけるとしたら何を持っていく?」とか「火事や地震になったら何を1番に持ち出すか?」なんていうのは誰でも耳にしたことのある陳腐な話題でありますが、「宝物」という言葉を聞いた時に、私はいつもこれを思い出します。
    普通だったらサバイバルに必要なものだったり、生活必需品を持っていくでしょう。もし私が本当にそんな状況になったら、現実問題そんな感じの物を持って行くと思います。それでも持っていきたいと後ろ髪をひかれ、手を伸ばしてしまうものが、その人にとっての宝物なんじゃないのかなぁと思っています。
    では私の場合、それは何かとパッと頭に思い浮かんだのが「タンバ」です。タンバは漆塗りの下地工程で用いるヒノキ製の箆(へら)を削るための肉厚な片刃で、刃渡が6寸くらいの比較的大きめの刃物です。木製の持ち手と鞘がついていて、一見、古い任侠映画に出てくる「ドス」のような見た目をしています。
    タンバというのは私が修行した会津塗りでの呼び方で、確証はありませんが恐らく漢字で「丹波」と書きます。一般的には塗師屋小刀とか塗師刀という呼び方の方がポピュラーではないか思います。
    漆職人と言ったら刷毛じゃないの?と思われるかもしれませんが、刷毛は大事な道具ではありますが消耗品的な性質もあり、少なくとも私にとって、これさえ持っていれば自分は漆職人である、と感じられるのがタンバなんです。それに漆塗り技術の根底を支える象徴的な道具でもあります。
    それを説明するために、まずは漆塗りの下地とは何かという話をしたいと思います。一言で言えば、上塗りより手前の工程全てを指し、漆器の滑らかな美しい塗り面と、丈夫さに欠かせない重要な工程です。
    最初に木地に漆をたっぷり染み込ませ、その後は、珪藻土や砥粉と漆を混ぜた物を塗って、乾いたら砥石で研磨する、という工程を繰り返しながら何層にも塗り重ねていきます。下地を塗る作業は刷毛を使うのではなく、左官屋さんが金コテで漆喰を塗っていくような要領で、ヒノキ箆でムラなく平らになるように塗り広げてゆきます。
    下地を凸凹に仕上げてしまえば、どんな名人が上塗りをしたとしても美しい塗り面にはなり得ませんし、調合や乾かし方を間違えてしまったり手抜きをしたら、壊れやすいダメな器になってしまいます。上塗りをすれば隠れてしまう工程ではありますが、塗りの仕上がりを決める大部分が下地の如何にかかっている、と言っても過言ではないくらい大事な工程なのです。
    その大事な下地工程に欠かせないのがヒノキ箆であり、珪藻土や砥粉と漆を混ぜ合わせ調合する作業にも必要だし、美しく下地を塗る工程には適切に調整された箆が必要不可欠です。箆の出来が下地の出来を左右します。
    平らな面だけなら比較的簡単なのですが、漆器は様々な形状をしているので、斜めな面や奥まった面、曲面にも合わせて箆先の形状を変えなければなりません。箆の厚みを削りながら”しなり”を微調整もしなければ、上手に塗ることはできません。その時々よって必要な箆の条件が変わるので、既製品を使うことはできず、そのつどヒノキ板から削り出して箆を作らなければいけません。その削り出し、微調整全てをタンバ一丁で行うのです。
    その繊細なヒノキ箆作りの道具であり、下地ひいては漆塗り技術の根底を支えるのがタンバなのです。
    昔、工房を持たない渡りの漆職人は、タンバ一丁だけを携えて工房から工房へ渡り歩いていたそうです。漆器工房で渡り職人を雇う際には、親方は職人の持っているタンバを見て、その手入れ具合で技術を見定め給料を決めていた、と聞いたことがあります。タンバの状態が、漆職人の力量を表していると考えられていたくらい、特別な道具であったといえます。
    「武士の魂は刀であるように、塗師の魂はタンバである」なんて言ったら気恥ずかしいし、こんな仰々しい考え方をしているのは私だけかもしれませんが、そんなロマンを密かに感じています。
    私のタンバは人様に自慢できるどころか、手入れは適当で研ぎもあまり上手ではありませんが、私が漆職人である証の大切な宝物です。
    この宝物と共に、今後の職人人生を歩んで行きたいと思っています。

堀田洋二:神奈川県横須賀市
(2023/7 よこやまゆうこ)

(C)Copyright 2004 Jomon-sha Inc, All rights reserved.

このホームページに掲載されている記事・写真・図表などの無断転載を禁じます。

 

(C)Copyright 2000 Johmon-sha Inc, All rights reserved.