唐松の針が降りしきる初秋の八ヶ岳の麓。静かな 林の中に佇む『平山郁夫シルクロード美術館』を訪ねました。2009年冬に逝去された日本画家平山郁夫の 作品と、40年間に140回を超える現地訪問で収集したシルクロードの美術品が展示されています。約37カ国からの古代から現在に至る絵画、彫刻、工芸品など約10000点からなるコレクションです。
平山氏は「私は東京美術学校の学生の頃から、日本文化とはなにか、日本美術とはなにか、というテーマに答えを追い求めていました。そんな折、私は玄奘三蔵の求法の旅を追体験するためにシルクロードへ足を踏み入れたのです。」と記しています。初めての敦煌では日本美術の源流に遭遇したとの感動を記してもいます。
画業のみならず、貴重な石窟保護活動にも力を入れていたという、彼の壮大な生涯の一端を感じさせてくれる個人美術館です。
1階は2-3世紀ガンダーラ仏陀坐像、菩薩交脚坐像、レリーフ、銀化しているガラス器、カニシカ1世金貨や細かい仕事のネックレスなどが展示されています。アルカイックスマイルを浮かべた頭部彫刻の前では、こちらの口角も持ち上がる心持ち。私物としてよくこれだけの古代遺物を収集されたものと感嘆します。
2階に上がると広々とした空間に透き通る青が目に飛び込んできます。「パルミラ遺跡を行く夜」(2006年)をはじめ、襖4枚分ほどの大面積に、輝く満月の下、ラクダに乗り砂漠を渡る白布をまとった男たちの列、その背後には崩れた石柱群の遺跡。おそらく画家が現地で見た夜空も深い深いプルシャンブルーだったのでしょう。岩絵具を用いて再現されたその透明感ある青は展示室全体を包みこみ、見る者を星ふる夜の砂漠をラクダの背に揺られて渡る気分にさせてくれます。輪郭のややぼかされた描き方から、砂嵐や陽炎やに幻惑される地であろうことさえも感じさせます。
別の展示室には、『欧州写生絵巻』と題されたギリシャ・ローマ時代の遺跡のあるローマ、ポンペイ、南イタリア、シチリアを描いた和紙の巻物が全18巻の中から数巻、スケッチブックなどと共に展示されています。画家の若い頃の精力的な仕事ぶりがうかがわれます。後年、居を鎌倉に定め、灼熱と乾燥と内戦の旅から戻ると、緑豊かな鎌倉をオアシスと感じていたといいます。
一連のシルクロード作品の他にも、日本各地の風景や風俗の画も多く、芸大総長をはじめとする諸々の公職。それゆえにか、目にするお姿は背広にネクタイという画家というよりは企業人のような佇まいがありました。広島生まれの氏は原爆症を抱えながら、79年の生涯を通じて、初心を貫く画業を全うしただけにとどまらず、広い視野から日本の文化に貢献した人物であったこと、遅ればせながら強いオマージュを感じて館を後にしました。
一度足を運んでみたいと思いつつ、すぐ近くを走って通りながらもそのドアを押すことがなかったことを反省させられましたが、秋の休日に足を伸ばすにふさわしいところだと思います。近くには、三分の一湧水もあります。湧水を使った手打ちそば店も何軒かあるので、満足度の高い1日になることでしょう。
平山郁夫シルクロード美術館
山梨県北杜市長坂町小荒間2000-6
0551-32-0225
http://www.silkroad-museum.jp
(2023/10 よこやまゆうこ)
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