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薄化粧の漆器

湘南ボーイが職人になった。ちょっと珍しい組しみ合わせのような気がする。初めて彼の作品を見たとき、こんなにも軽やかに漆を使っている人がいることに新鮮な衝撃をうけた。漆のボッテリ感がなく、素肌のきれいな、親しみやすい美人さん、という感じ。そう、伏見眞樹の漆器は“素肌美人”なのだ。一見、線が細そうに見えるが、芯はしっかり、あか抜けした清清しい漆器である。そのうえ、素人っぽい料理も受け入れてしまうおおらかさがある。このセンスはやはり湘南ボーイの故だろうか。作り手の風貌も作務衣というよりボタンダウンにチノパンツがよく似合う。

伏見さんは鎌倉に近い金沢文庫で生まれ、鎌倉彫を仕事として選んだものの、感じるところあって山深い木曽に師を見い出し、弟子入りを許される。その師佐藤阡朗氏は日常の生活の漆器を普通に作り続ける、という姿勢と技術を木曽で実践している人物である。3年半の修行の後独立、埼玉に工房を開く。1994年、故郷の海が呼んだのか、葉山という漆塗りとはイメージのつながりにくい地に工房を移した。産地あっての職人という意味からは、“職人の意識で仕事をしている作家”と自らを位置づける。鎌倉彫の職場で出会った妻昌子さんは、彼の仕事のよき理解者である。


(photo1)下地処理をした木地が出番を待っている

伏見さんの作るものの中心は、挽きものと呼ばれる轆轤で挽いた木地に、下塗りから上塗りまでをする器、椀、皿、盆などである。(photo1)
それらの器はクラシックな形を踏襲しながらも、彼の個性ともいうべき軽やかさや明るさがあり、何よりもモダーンな雰囲気を持っている。伝統的な漆器に盛るにはちょっとはばかられる気のする国籍不明の素人料理を受け入れてくれるおおらかさがあるのが嬉しい。
     

今回ご紹介するのは、目止めのための下地(さび)をへら付けした後、中国産漆で2回拭き漆をしてから、純粋日本産漆を薄く塗って仕上げたものである。
漆の下から木肌が透けて見え、木が呼吸さえしているような開放感と清涼感がある。幾重にも漆を塗って木地を堅牢にすることが目的とされてきた漆器の流れにこだわらず、使って痛めば塗り直せばいい、自分はいつも居場所を明らかにしてそれにお応えする、というのが彼の姿勢だ。漆器が一生ものというならば、彼は使い手との一生続くおつき合いをいとわない、と宣言しているのだ。(photo2)

(photo2)できたてのものと5年間使ったものは光沢が違う

伏見さんの漆器が“素肌美人”であることの秘密は、彼の使う漆そのものにあるようだ。現在もっとも一般的に使用されている漆は中国産のものであり、手ごろな値段の漆器には、カシューを混ぜたり、光沢を出すために油分を加えたりしているものもある。一方、日本産の漆は山に入り込んで漆を掻く人が消え、とても高価なものになってしまった。彼の若き友人大出 晃氏が長野県の山で掻く純粋日本漆に触れたとき、伏見さんの漆を見る目が変わった。以来、日本産漆を使うようになった経緯を、彼自身が綴った文章でご紹介しよう。漆を語るとき聞かれることの少ないサラサラという表現が、その実感を伝えてくれる。

 

うるしかき棒

チャンポ
Illustration
by 大出 晃


大出君のサラサラな漆

「大出君の漆はとても重要なもので、やたらに使うものではない」。
これは私が長年囚われていた考えです。そして、中国産漆で出来るだけ国産漆の仕上がりに近いものにすることを目的としてきました。しかし、大出君の漆をいつまでも特別扱いにして、いわゆる「大作」を作る時のためにためこんでいることにも少なからず疑問を持っていました。その疑問を払拭するために日頃の制作に使用するようになって一年になります。大出君の漆のもっとも優れた性質は、水のようにサラサラであるという事。中国産漆の粘度にくらべると、その違いの大きさに驚かされます。漆は長年放置しておくと徐々に粘りが出てきてしまいます。サラサラな漆をサラサラな状態のままサラッと薄く塗る。薄く塗る最大の魅力は、何よりも木の質感を損なわないことにあると思います。

漆自体は固まると無機質な質感になってしまい、厚く塗れば確かに堅く丈夫ではあるかもしれません。しかし、それは木で作られたものではなく、硬質プラスチックに似た手触りになってしまうと私には思えます。木製品は漆を塗ることによって補強され、くり返し修理、補強をし、木質が朽ちるまで使われてきました。漆器も所詮木製品の内、金属器や陶磁器などの固さにはかないません。しかしその器の感触はとても暖かく優しく感じられます。大出君の漆は私の中の「漆を塗る」事の意味を変化させ、塗はもちろん、その器を使う楽しみも増してくれました。(「工房からの風」1996年より)

 


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