『布づくし・展』の出展者をお訪ねする工房探訪シリーズその10は、神奈川県葉山町で草の布を織る矢谷左知子さんです。 よく何々の生まれ変わり、という言い方をしますが、さしずめ矢谷さんは草の生まれ変わり、草の精といえそうです。 お訪ねした日は梅雨晴れ間の強い陽射しが降り注ぐ陽気。その中を写真に撮りたいとの要望に応えて、一抱えほどもある苧麻を採集してきてくれました。苧麻は、道ばたや空き地に勢いよく生えている1mほどの高さに成長する草。ほとんど気にする人もなく、雑草の代表のような植物です。この草が、矢谷さんのもの作りの素材であり、愛すべきパートナーなのです。今の時期はもっぱら苧麻ですが、夏本番になると葛の採取、糸つくりが始まります。
夏は採集のシーズンなので、工房の機は空いていましたが、天井から吊り下げられた苧麻は、微妙に縮んでいて、その素であるさまは実に存在感に充ちていて、人間くさい感じさえします。深い緑を残した部分、焦茶色になった部分、やや白っぽく枯れた部分と、微妙な色の変化があります。矢谷さん曰く、“自分のアクが廻って”、草はこうした色に変容したのだと。経糸は麻や紙糸を使い、緯糸としてこのひょろひょろとした状態のまま差し込んで織ります。このとき、必ず水を吸わせて、濡れた状態にして織ると、乾いたとき、ぴしっと目が揃うのだそうです。白っぽい方は葛。染めは藍を始め、栗のいがやヨモギやヤシャブシから煮出した液を使います。自宅の畑や、近所の空き地や山から採ってきたものを使うようにしています。同じ風土、土壌に育った命との交感を大切にしたいと思うからです。今までは、人によって植え育てられた草は使わず、自生の草だけでやってきましたが、日に日に採集場所が失われ、栽培しなければならない日が迫りつつあることを感じています。
(2004/8/25 よこやまゆうこ)
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