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絹糸・平織・草木染を貫く小熊素子さん


織りは、経糸と緯糸が直角に交わるという制限のなかに、無限ともいえる可能性を求めて、古よりさまざまな試みがなされてきました。その織りの基本ともいうべき織り方が平織です。単純な織り方であるからこそ、糸の種類、太さ、色、といった糸そのものの持ち味が最大限に発揮されます。
小熊素子さんは、岐阜県郡上八幡で手紬を復興した人間国宝宗廣力三に師事しました。見学に行ったその場で弟子入りを申し入れたとのこと。2年間の修行でしたが、徒弟制度のような生活で、朝のそうじから食事の準備に始まり、8人の弟子たちとの共同生活のなかで、師の染め織りについての考え方や技を学びました。以降35年、実験と工夫を重ねて独自の染め織りの境地を作り上げてきました。最近の仕事では、2002年度、2003年度の国展に入選しています。

     
 
     
    さて、修行を終えて独立はしたものの、その生活は曰く“その日暮らし”。好きなことをしているかわりに、綱渡りのようだったと。展覧会をしたからといって、すぐ売れてゆくものではなく、作品をかついで呉服屋を訪ねたこともあったとか。やがて買い上げてくれる呉服店もでてきて、何とか生活してゆけるようになりました。問屋や小売店の依頼で“売れ筋”を制作するのではなく、自分が作りたいものを作って、さあ、買ってください、というわけですから、覚悟のうえの貧乏だったとおっしゃいます。それをさほど辛く感じなかったのも、織ることが好きだったからに違いありません。
     
    小熊家の台所の中央にドンと控えているのは、年期のはいったガスコンロと寸胴。直径42cm、容量60リットルという巨大な寸胴。着尺2反分の経糸が一度に染められます。しかし、これで2時間以上も染材を煮だすのですから、家人にとって夏場は地獄の暑さでしょう。たまらなくなると、息子さんから抗議がでるそうです。また、こんなエピソードも。庭の枇杷の大木は美しい色を提供してくれる格好の染材だったのですが、あるとき小熊さんが大病をしたことを知った近所のおじさんが、無断でその木を伐採してしまいました。昔から無花果や枇杷の木が庭にあるのは縁起が悪いといわれているからです。とはいえ、周囲の人々の理解と寛容と暖かいまなざしに守られていたからこそ、35年間、小熊さんが糸を染め、織り続けてこられたのではないかと思いました。

 
     
    小熊さんが今もっぱら織っているのは裂織り(さきおり)という、裂(きれ)を細く裂いて緯糸に使う織物です。東北地方に限らず、一昔まえの日本ではどこでも、着古された家人の着物は、炬燵布団やマットに生まれ変わって使われていました。裂織りは、意図しない偶然の美しさが特徴です。不揃いな色の重なりが巧まずしてほどよい模様となり、丈夫で使い勝手のよい布として蘇ります。最近の裂織りブームともいうべき現象は、新しい布を染めて切ったりと、ずいぶん工夫をこらしたものを多く見かけます。こうした傾向について、小熊さんは、“目的あっての裂織り、何もかにも裂いて織ればいいわけではない”とおっしゃいます。小熊さんのところには、湯のし屋さんや洗い張り屋さんから、不要になった胴裏などの絹布が集まってきます。薄色のものは染め直し、深く染められているものはそのまま裂いて使います。役目を終えた裂に、もう一度、新しい役目を担ってもらうのが小熊さんの裂織りです。
着尺約13m分の緯糸として必要な裂き草は着物4枚分ほど。糸埃のたつなか、古い絹布を5〜10mmの細さに裂いたり切ったりする作業はどれほどの忍耐がいることでしょう。織ることよりも、裂き草の準備に多くの時間とエネルギーを使うとおっしゃいます。
     
 
     
   

小熊さんの手元に残る着物や帯は限られています。織り上がるとすぐに欲しいと望む人にもらわれてゆくからです。かろうじて手元に残っているのは、これまでに織った着尺や帯の端裂です。それらの端裂はきれいに整理され、和綴じ帳になっています。本来、用のために作られたものは手元に残るはずはないのですが、これからは、少しずつため置いて、個展をしたいと考えています。そして、蚕の種類、糸の太さ、撚りのかけ具合、真綿糸などの素材とともに、植物染色にこだわりをもって織ってゆきたいと考えています。小熊さんのモットーは、“いつも自然のなかの一個として生きることを望み、糸を選び、灰を作り、草木を採集し、染め、身体を使って織る。心のやすらぐものを創るように心がけること”だそうです。
子供たちが独立したので、24時間を染めと織りに使える日々がやっと来そう、と嬉しそうです。その成果が楽しみです。


(2005/3 よこやまゆうこ)


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