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江戸更紗の染めを守る二葉苑小林元文さんを訪ねて


染め織りの工房探訪シリーズ・その33は、江戸更紗と東京染小紋の伝統を継ぐ創業大正9年『染の里二葉苑』の4代目当主、小林元文さんです。東京都新宿区の神田川添いに染めの産業が根づき、少なくなったとはいえ、いまでもいくつかのメーカーが残っていることはside story 090「工房探訪その2」で書きました。けれども、二葉苑のある落合で染めの一貫生産をしている通称「小紋屋」は、たったの3軒。小林さんの曾祖父がこの仕事を始めた頃には300軒はあったそうですから、7、80年の間に1/100になってしまったわけです。

 
小林さんが家業を継いだのは、“背筋がムズッとした”のがきっかけでした。それは偶然という名の運命に導かれて、ともいえそうです。 染め場を遊び場として育った幼少年時代を終え高校生になったころ、無性に日本を飛び出したくなり英国ケンブリッジの高校へ留学することに。思ったよりすんなり許してくれたそうですが、父の思いは、きっと、“若いうちに広い世界を見ておくといい”といったものだったのでしょう。 そのから時は流れ、あるとき、無料購読に惹かれて手にした英字新聞に旅行代理店の求人広告を見つけました。英語が達者であったおかげで、即、海外添乗員に。担当はトルコ・インド方面。更紗模様を目にして育ってきたせいか、おのずと見学先に更紗工場を組むようになり、知識豊富な説明は旅行客にも好評でした。ある日、旅の荷物を引きながら家路に向う途中の隣家の染め工場の軒先きに目がとまりました。いつものように更紗模様に染められた布が干されていました。“たった10時間程前にインドの工房で見学したのと同じ模様を、東京落合でも染めている!1000年前の図柄を我家でも染めている!インドで発祥したペイズリー柄が西と東に広がり、極東の日本では洗練された着物の柄として愛されている。曾祖父、祖父、父がその仕事にかかわってきた。”見なれた光景であったはずなのに、このとき“背筋がムズッ”ときたのでした。
 
    この体験を機に、小林さんは迷わず家業を継ぐ決心をしました。父文次郎さんは2年前に他界されましたが、国際派の息子が後を継ぎました。小林さんの営業方針ははっきりしています。その方針とは、販売の中心は全国の着物専門店ということです。問屋を通さず、直販もしません。専門店とのよい関係をもつことが、生産者としてベストの方法だと考えています。3年前から出展しているフランクフルト国際見本市での経験で、この方法が最善であることを確信することができました。世界中から見本市に集まるバイヤーはショップのオーナーであることが多く、自分の目だけを信じて、その場で発注をだします。当然、真剣に吟味し、質問を浴びせ、手直しを要求してきたりもします。そして満足ゆくものが得られたときは、信頼をもって長く続く関係を築くことができます。オーナーが直接買いつけるからこそできることです。一方、日本の慣習では、流通の中間に問屋や商社が入り、見本市は名刺交換の場になっています。この違いを感じてきた小林さんは、信頼できる専門店のオーナーとの絆を培う努力を重ねてきました。地方都市の着物専門店は、地元のお客さまと一生のおつき合いをします。お客さまの箪笥の中を知っています。また、着物初心者には、長襦袢や半襟や帯揚げや帯締めや、といったものを上手に使いまわすアドバイスもします。太ったり痩せたりのサイズに合わせて仕立ても加減してくれます。そんな細かいフォローはメーカーにはとても無理。このことをよく承知しているので、アフターケアのできない直販には乗り気になれないのです。信頼できる専門店からのフィードバックを何よりのガイドとして、これからもこのスタイルを守ってゆきたいと小林さんは考えています。
 
 
 
展示場には、着尺、帯、そしてペイズリー柄のカシミヤのスカーフなど豊富な品揃えが目を引きました。小物の開発にも積極的です。染めた布をプラスチックにはさんだ髪留め、アクセサリー類など、和風好みの若い女性にアピールするアイテムの開発も小林さんを中心に行われています。2年前、ロンドンの日本大使館で展覧会を開いたとき、ヴィクトリア&アルバート美術館の関係者の目にとまったことから、ミュージアムショップに小物が並ぶようになり、さらにそれを見たイギリス人デザイナーが興味をもち、共同開発も始まっています。来年のパリ進出も決めました。「染め屋」であることに徹し、染小紋、更紗模様を活用して新しい分野にも展開してゆきたいと、38歳の小林元文さんの意欲的なチャレンジが続きそうです。
   
    二葉苑の連絡先:03-3368-8133
http://www.kimono28.com
 


(2005/8 よこやまゆうこ)

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