感動と笑いに満ちた旅の思い出は、ヒースロー空港の税関から始まる。
携えていった船箪笥は縦横50cm、重量は30キロ以上もあり、普通の観光客の荷物に見えるはずはない。ただでさえ厳しいと言われるヒースローの入国審査であれこれ聞かれてはたまらないと思い、英国滞在中にお世話になるビリーさんにお願いして税関用の書類と手紙を、あらかじめ日本に送ってもらっていた。「このsea chestは日英の文化交流プログラムにのみ使われる・・・」つまり、販売目的ではないことを証明する内容である。
英語を話せない私のためにビリーさんは入念に下調べをしたうえで、船箪笥の写真をこの書類と一緒に見せれば梱包を解かなくても通してくれるはずだと教えてくれた。
ところが税関の若い男性係官は、梱包を解いて中身を見せろと言う。船箪笥のからくりを最後まで見せれば30分近くかかるのでここで開けたくはなかったが、こうなったからには仕方がない。あたりの乗客も集めて海外初のパフォーマンスをするしかないなと腹を決めてダンボール箱のガムテープをはがしていると、件の係官がナイフを貸そうかと声をかけてきた。その声がやけに優しく、目は笑っている。早く引き出しを開けて見せろと、どこか興奮しているようにもみえる。とりあえず小さな引き出しを一つ取り出して手渡すと、裏までぐるりと見回して一言、「ベリー・グッド・ワーク。」
えっ、ただ見たかっただけなの?
|