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『時代箪笥ヒースロー空港でご開帳』


感動と笑いに満ちた旅の思い出は、ヒースロー空港の税関から始まる。
携えていった船箪笥は縦横50cm、重量は30キロ以上もあり、普通の観光客の荷物に見えるはずはない。ただでさえ厳しいと言われるヒースローの入国審査であれこれ聞かれてはたまらないと思い、英国滞在中にお世話になるビリーさんにお願いして税関用の書類と手紙を、あらかじめ日本に送ってもらっていた。「このsea chestは日英の文化交流プログラムにのみ使われる・・・」つまり、販売目的ではないことを証明する内容である。
英語を話せない私のためにビリーさんは入念に下調べをしたうえで、船箪笥の写真をこの書類と一緒に見せれば梱包を解かなくても通してくれるはずだと教えてくれた。
ところが税関の若い男性係官は、梱包を解いて中身を見せろと言う。船箪笥のからくりを最後まで見せれば30分近くかかるのでここで開けたくはなかったが、こうなったからには仕方がない。あたりの乗客も集めて海外初のパフォーマンスをするしかないなと腹を決めてダンボール箱のガムテープをはがしていると、件の係官がナイフを貸そうかと声をかけてきた。その声がやけに優しく、目は笑っている。早く引き出しを開けて見せろと、どこか興奮しているようにもみえる。とりあえず小さな引き出しを一つ取り出して手渡すと、裏までぐるりと見回して一言、「ベリー・グッド・ワーク。」
えっ、ただ見たかっただけなの?



旅の3日目、ウェールズのレントダイン村でコラクル船を作っているピーター・フォークナーさんを訪ねた。だいぶ前にNHKの「世界のクラフト」という番組で彼の仕事を見て感激し、ビリーさんに調べてもらったら車で1時間ほどの場所に住んでいるというので会いに行くことになった。
コラクル船は、柳などの枝を曲げて作る枠に牛の皮を張っただけのお椀形の川船である。基本は一人乗りで、背中に担いで持ち運びができる。何百年も前から形を変えずに作り続けられているという。こんな船を近くの池に浮かべて、日がな一日釣りでもしていたらどんなに楽しいだろう。波をかぶったらあっという間に沈没しそうな気もするが、ピーターさんは愛好者の仲間と共に大型のコラクル船を作ってドーバー海峡も渡ったそうである。さらに夢は8人乗りの船で大西洋を渡ることなのだという。
「ポリネシアには星を使った航海術があると聞くが、大航海時代の輝かしい歴史を持つイギリス人はどうやって大海を渡るつもりか」との私の問いにピーターさんはニヤッと笑って「GPS!」と言った。
ピーター、ビリー、そして私は数時間で旧知のような間柄になり、是非ピーターを日本に呼んで、コラクル船を作ってもらい、それをどこかの川に浮かべられたらという話に発展した。
8月に盛岡の北上川で開かれる川下り大会なんてどうだろう。でも水が汚いからもっと田舎の川にしようか、と聞くとピーターは真顔で、「コーラを飲めば大丈夫ということを知らないのかい。現にロンドンのテームズ川を仲間と下った時も、みんなでコーラを飲んだんだ。」と言う。そういえばコーラのにおいは正露丸に似ているような気もする。


さて税関で少しだけイギリスの空気を吸った船箪笥は、4日目にクリフォード小学校、5日目の夜には石造りのチャーミングなコミュニティーホールで本格デビューを果たすことになる。予想できない反応があるだろうと予想はしていたが、子ども達からは「船箪笥の鍵を奥の隠し箱にしまっちゃったら、どうなるの?」というようなおかしな質問が次々に飛び出した。コミュニティーホールのレクチャーでは、10あるからくりの内9つを披露した後、「最後の1つは、将来現れるかもしれないこの箪笥のオーナーと私だけの秘密なのでお見せできません」とブーイング覚悟で話すと、以外にも拍手喝さいが沸き起こった。今まで国内では何度も船箪笥を見せてきたが、こんな反応は一切ない。おそらく英国人というのは、様々な分野のコレクターが多いことでもわかるように、自分なりに気に入ったものを手に入れることに、日本人よりもはるかに大きな喜びを感じるのではないだろうか。レクチャーに集まってくれた人たちも、船箪笥の将来のオーナーの気持ちがわかるからこそ、共感の拍手を送ってくれたのだろう。それは、所有する人もしない人も、さらには作り手まで幸せな気分にしてくれる見事な社会感覚だと思った。

 

今回の英国滞在は7泊8日。日本に20数年間暮らしていたというビリー&ルー夫妻のお宅に厄介になり、言葉も食事も何一つ不自由なく、おいしくてリラックスした時を過ごすことができた。
最後の夕食の後、ルーさんが急に思い出したといって、2階から古いレース編み用の裁縫箱を持ってきてくれた。代々母親から受け継いできたもので、18世紀ごろに作られたらしい。上部が蓋で、下部には4杯の引き出し。古色を帯びたオークの色艶が美しい。
ふと見ると1番上の引き出しを取り出した奥の方に何か箱の様なものが見える。ルーさんも今まで気付かなかったし、母親だって知らなかっただろうと言う。いじっていると、錆びた釘が折れたらしく、薄い1枚のオークの板と共に赤い宝石のようなものと、白い貝殻のようなものが数個出てきた。船箪笥と同じように、隠し箱が仕込まれていたのだ。ただしその隠し方が奇妙で、釘が腐っていなかったらどうやって取り出すのかがわからない。上下の引き出しを区切る棚板の脇に、鋼鉄の板バネがついているのがわずかに隙間から見える。そこに秘密があるのは確かなのだが、その辺をどう動かしても隠し箱の1番奥の板は取り出せないのである。
18世紀と言えば、日本では船箪笥が誕生した頃。その時代にイギリスの職人が仕込んだ巧妙なからくりを、100年以上経った今、たまたま日本から船箪笥を紹介しに来た職人が解こうとしている。悔しいが、今回だけは軍配がイギリス側にあがったらしい。後ろ髪を引かれる思いで彼国を後にした。

 
    (2006/11月 木戸良平)

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