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『木版染めの藤本義和さんを訪ねて』


伝統工芸の世界も世代交代が進んでいます。この分野での60〜70代はまだまだ働き盛り、熟練の技が冴える年代でもありますが、後継者を真剣に考えなければならない年代でもあります。当節、宮仕えをきらう若者が、腕に技術をつける自由業として伝統工芸の道にすすみたい、との傾向もあります。とはいえ、弟子入りとか修行といった言葉はもう通用しません。5年修行して1年お礼奉公するといった習慣は、ほとんどなくなりつつあります。親方と寝食をともにする住み込みが弟子入りの原則ですが、“このごろの若いモンは個室をほしいというから困る、、”との親方の嘆きも聞きます。そんな優雅な環境で9時〜5時の修行なんてありえません。今年71歳の藤本さんは、昔風の丁稚奉公という生活のなかで仕事を覚えた最後のジェネレーションにあたるのではないでしょうか。落語の小咄ででてくるような、丁稚(でっち)と呼ばれる小僧さん時代の様子を伺いました。

   

藤本さんは木版染めをする数少ない作り手の一人。織物の町として繁栄した東京八王子の織りの家に生まれました。たまたま工業高校の染色科に学び、東京の地場産業でもあった新宿区神田川沿いの老舗「みゆき染め石井」の石井孫兵衛さんに弟子入り。昭和29年のことでした。当時、そこはまだまだ封建的な世界。藤本さん以外の弟子は中学を出たばかりの農家の5男、6男坊たち。10名ほどが一部屋に雑魚寝の生活。いわゆる“追廻し”。6時に起床、2年間、掃除ばかりの毎日。夜になると泣いている子もいたそうです。“かずどん”と呼ばれていた義和少年は、1年目は夢中で過ぎたものの、2年目になると実家に逃げ帰ることも。そこで偉かったのはお父さん。ご自身も苦労をして工場を経営するまでになった身。様子のおかしい息子を叱りつけて追い返すことはせず、ある時は親方が迎えにきてくれる計らいもあったとか。そして3回目のとき、父はしぶしぶ仕事場に戻る息子に便箋3枚の手紙を手渡しました。そこには、将来はきっと報われるから、今は辛抱して修行するように、と記されていました。
丁稚どんの生活を絵に描いたような毎日だったとはいえ、藤本さんは専門高校を卒業していたこともあり、振り返れば、特待生だったとおっしゃいます。3年目からは日本橋の問屋や、お得意さん廻りを任されたり、5年目には帳場にも座らせてもらえるまでになりました。そして「みゆき染め石井」の末娘さんの心を射止め、8年間の修行ののち28歳で独立。すぐに良いお得意さんに恵まれる順調なスタートでした。父が譲ってくれた八王子の現在の工房で、40年前のことでした。

 

伊勢型紙を使う型染めが主流のなか、藤本さんの得意技は木版染めです。自分で彫った小さな木片に染料をつけて直接布にはんこを押すようにして染める技法です。正倉院の布のなかにこの技法が見られるとはいうものの、いつしか使われなくなっていました。あるときインド方面の木版を見ていた藤本さんは、一柄だけを彫りだした小さな木版で染めることを思いつきました。手で押したときの色の自然の濃淡が奥行きある模様を生み出します。木版染めの技を駆使した作品はコンクールで通産大臣賞をはじめ、数多くの賞を受賞しました。 藤本さんの表現をお借りすると、仕事には“いい意味でのいい加減さ”が大切だそう。“仕事に取りかかる前に、あれこれ深く考えるのではなく、中に一歩踏み込んでから眺めてみると、見えてくるものがある”。これはおそらく、木版を押すというフリーハンドな作業が、作業中に足し算かけ算ができる、ということがあるのでしょうか。あたかも、油絵を描くように、引いて眺めたり色を加えたりしながら,一枚の画布である着物や帯に模様が完成してくる。どうやら、好奇心、斬新なアイディア、まずやってみる、などをキーワードにした藤本流創作術の奥義がありそうです。

 

次男の哲生さんが、2代目跡継ぎとして既に木版染め教室などを運営。父は遊び心いっぱいの作品「陣羽織」や「日傘」で伝統的工芸品チャレンジ大賞に入選するなど、ますますその好奇心と研究心は盛んです。日本のよい伝統を盛り込みつつ、現代の生活にあったアイテムを考える、が藤本さんの目下のチャレンジ。お客さまのためにこの世に一点しかない着物や帯を創作するのも楽しみの一つだそうです。
2006年秋には、新人女流映画監督石井かほりさんによる藤本父子の仕事ぶりを追ったドキュメンタリー『めぐる』が日本各地で上映されました。 一時は隆盛を誇った染織の町八王子も、今や心細い状態のなか、藤本父子のタグマッチでこれからも頑張ってほしいものです。

染織工房藤本染工芸の連絡先:0426-42-8804

 
    (2007/3よこやまゆうこ)

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