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『金襴の袈裟を作る小野内織物所を訪ねて』

新潟の画家詩人蕗谷虹児の作詞による“金襴緞子の帯しめながら、花嫁御寮はなぜ泣くのだろ、、、”の金襴。伝統的工芸品振興協会が出しているサイトの名称説明によると、『金襴』とは「唐織物の一種で、織金ともいいます。綾・繻子・羅・紗などの緯糸に、金箔を貼って細く切った平金糸で模様を織り出したものをいいます」とあります。平金糸とは漆を塗った和紙に金箔を貼り、0.2〜0.9ミリの幅に切ったもの。この平金糸と糸に金箔を撚りつけた金糸とをふんだんに織り込んだ豪華絢爛な布が金襴です。
金襴には舞台・歌舞伎衣装用、人形用、表装用、宗教の布の四種類があると、小野内織物所の小野内悦ニ郎さん。明治27年創業、小野内さんが三代目となる小野内織物所は、宗教用の金襴が専門です。その代表的アイテムといえば、お坊さんの袈裟、法衣、寺の打敷、戸帳など社寺で用いられる布製品です。灯りも乏しかった時代、神々しさや有り難さを民に示し、神仏の教えを説く宗教の世界は金色と極彩色に溢れていました。今回の工房探訪はちょっと珍しい織物のご紹介です。
 
小野内さんの説明には、聞いたことのない言葉が次々と飛び出し、日本人でありながら、いかに仏教や神道のことについて知らないかを痛感させられました。平均的一般人の生活から宗教が遠ざかっているからでしょうか。
そこで、まず、日本には一体何軒の神社仏閣があるのか、との疑問が浮いてきます。しかるべき役所に尋ねれば数字が出てはくるのでしょうが、小野内さんは“さあ〜〜。10万以上はあるんとちがいますか〜〜”とおっとり。一人の僧侶が一カ所以上を兼務していたり、神官や住職が常住しない空寺を含めればもっと多数あるとのこと。宗教用金襴を織るところは30社ほどが京都に集中しています。そのほとんどが、機械化したジャガード織りの金襴。地方で宗教用の金襴を専門に織っているところはほぼないそうですから、京都の30社ほどで全国の神社仏閣の需要を満たしているというわけです。
 
手織りの袈裟から見せていただくことにしました。最初の一枚は、お屋敷に孔雀や鴛鴦が大輪の牡丹咲き乱れる庭にいる、といった極楽のような風景が織り出されたもの。次の一枚は、霞たなびく山々に桜花をはじめとする日本の植物が上品な色づかいで織り出されているもの。小野内さんのところが、こうした絵のような図柄を配した袈裟を提案したのは40年ほど前のこと。以来、独自の図柄起こしから縫製まで、一貫して行っています。
 
初めて間近に見る豪華な袈裟。そのデザインにも注目しました。豊富に使われた平金糸や金糸で織り出された図柄を、伝統的な花紋の別布が縦横に5つのセクションを成しています。これは五条袈裟と呼ばれます。他には七条、九条という具合に図柄の布の幅が狭くなるほど繋ぐ枚数が増えます。そもそも、何故このようなデザインになったのかと問えば、“昔は、中国やインドなどからもたらされた貴重な布をパッチワークにして、ごく一部の僧侶が、一生に一度くらい特別の機会に使うものだったのでしょう”とのこと。因に袈裟のサイズは縦120cm、横200cmほど。ふんだんに使われた金糸の故か、ずしりと持ち重りがします。
仏教にはさまざまな宗派があり、宗派ごとに紋が決まっていたり、色指定があることもあります。しかし、私たちが庶民の葬儀や法事で目にするお坊さまは、もっとシンプルな袈裟を纏っておられます。それらは黄色の無地で作る如法衣(にょほうえ)と呼ばれるものです。これら僧侶の衣服や社寺関連の品々を購入するウェブサイトまであることを発見。特殊な分野ですが、必ず必要とされるものであることが察せられます。余談ながら、ローマには、高僧が纏う刺繍の施された豪華なガウンや帽子、神父の黒服、シスターのための下着類や履き易い靴などの専門店がずらっと並んでいるセクションがあります。さすがにバチカンのお膝元と感心。小野内さんのお話では、40年ほど前、神父さまのガウンの襟や袖口を飾るために京都の金襴が求められたことがあり、十字架を織り出した金襴を織ったこともあったとか。日本の金襴が世界中のカソリック界でブームになったそうです。
 
手織の金襴を織っている「織匠平居」を見学しました。何気ない外見の建物に一歩足を踏み入れると、天井まで届くばかりの機が4台。床は土間。冬は乾燥を嫌うため、一日の終わりに水を撒くこともあるとか。それでなくとも恐るべき底冷えの京都。その冷えはいかばかりかと思われます。昔は土間を掘った足もとに灰を置き、炭を起こして暖をとっていたとのこと。平居さんは、手織り金襴の珍しい技法について、丁寧に説明して下さいました。あらためてレポートしたいと思います。
最後に、小野内さんの嘆きを少しだけ。それは、日本中から「様式美」が失われつつあることです。私たちの暮らしのすべてのシーンで簡略化、簡素化が進み、お正月のしつらえ然り、雛飾り然り、葬儀も安上がりで手短かにといった具合。暮しの西欧化とともに住宅事情やライフスタイルの変化も加わり、伝統儀式の簡略化が進んできたのでしょうが、これは、私たちが暮しのなかから古来の「様式美」を手放しつつあるということであり、本物の工芸品が苦戦をしている現状と無縁ではないようです。使い手の後継者がいなくなっています。果して、職人の腕を見極める目を持つ使い手が、上質な工芸品を求める時代は戻ってくるのでしょうか。
 
    (2007/7よこやまゆうこ)

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