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『無地・縞・格子』の伊田郁子さんを訪ねて

群馬県桐生市は、昔から織物の町として栄え、着尺、帯をはじめ、斬新な技術をつかった洋服地の開発・生産の中心となってきました。
桐生市で婦人服地の機屋を経営する家に生まれた伊田郁子さんは、女子美の冬期講習のときに、糸の掛けられた機を見て関心を持ち、織物の道に進むことを選びました。当初は手織りを仕事にすることは考えていませんでしたが、2年生の夏休み、倉敷民芸館で外村吉之介師に出会い、勧められ倉敷民芸館付属工芸研究所に入所、一年間そこで学ぶという幸運に恵まれました。それは、昭和23年に倉敷民芸館を、28年に付属工芸研究所を設立した外村吉之介師のもと、8人の女性が起居をともにしながら染め織りを学ぶというものでした。伊田さんは、ここでの一年間の経験が、ものを見る目の基礎を培ってくれたといいます。李朝の家具をはじめ、陶器、漆器、和紙、木工品など、身の回りには確かな目で収集された美しい民芸品があふれていました。1970年、伊田さん21歳のときでした。ここで、趣味やおけいこごとではなく、製品としての完成度をもつ布を織ることを学びました。このことは、その後仕事をしてゆくうえで、とても役立ったと振り返ります。
 
伊田さんがこうしたプロとしての着物作りを身につけるようになったもう一つのきっかけは、独立して間もなくから、良いお客様に恵まれたことがあります。 織り始めてまだ間のないころ、一人のお客さまに「あなた自身は、着物を着ませんね。着物を着ない人が作ったものと、すぐに分かります」と言われました。それからは自分でも着物を着るよう心がけ、東京の踊りのお師匠さんたちをはじめ、日常的に着物を着るお客さまに、着心地や感想をそれまで以上にフィードバックしてもらうようにしました。使い手からの率直なコメントほど作り手にとって貴重な情報はありません。お客様に育てていただいたとおっしゃいます。伊田さん30代の経験でした。

伊田さんが染め織りをするとき一番気をつけていることは、やってみたいと思うことの60%から70%に抑えるということです。着物を着るときには、帯、帯揚、帯締め、半襟などが加わります。着物だけで100%、あるいはそれ以上になってしまっては、付属品が加わると過剰になってしまいます。
織物の組織や密度の習得は、まるで算数の問題やパズルを解くようで面白かったと言います。そして、着尺は、人が身につけるものですから、様々な品質の基準があり、その制約のなかで、どのようなものを作るのかを考え工夫するのが楽しい、ともおっしゃいます。まさにプロの発想です。

伊田さんの着尺は、女性誌、きもの雑誌でしばしば紹介されますが、遠目からは無地に見えるものが大半です。こっくりと深い色使いで、従来、男性の色とされてきたような渋い色ばかり。ところが、目を凝らして見ると、無地のように見えた着尺は細かい縞であったり、格子であったりと、緻密に計算された微妙な色の重なりに驚かされます。この複数の地味色が裂に奥行きをつけているのです。緯糸には紬糸を多く使い、着やすく、毎日着ても飽きのこない、帯によっていかようにも着られそうなものばかり。そうした特徴からか、洋服感覚でコーディネートして楽しもうという都会派の知的な女性の着物、と評されることもあるようです。
2007年9月、日本民芸館の旧柳邸で、『無地・縞・格子』と名づけられた二人展が開かれました。パートナーはイギリス人の33歳男性、ロンドンから2時間ほども西の町に住み、大学で染織を教えながら制作していティム・パリーーウイリアムさん。2003年の夏、偶然、桐生で出会った二人が互いの仕事に興味をもち、背景も仕事の内容も全く共通点がないにもかかわらず、二人展をしよう、というところまで行きつきました。共通しているのは、地味であっても簡素で美しく、使いよいものをつくる、ということでした。二人は日英両国の博物館などに収蔵されている織物のなかから無地や縞、格子を調べたり試し織りしたりしながら交流を続けました。興味深いことには、二人が興味をもったものの多くが、サンプルであったり、切れ端であったりで、博物館で展示されることのない、今まで目にすることのなかった裂だったことです。「シンプルで美しく、使うことができ、それに耐えるもの」、「それ自体が目立ちすぎず、身につける人の心に染むようなもの」をテーマにした民芸館での展覧会は、大きな反響を呼びました。伊田さんはさらなる研究と英国での展覧会の可能性を求めて、今年、再び訪英する予定です。伊田さんの着尺は東京南青山にある『青山 八木』で見ることができます。3点の帯との組合わせは、八木さんに見立てていただきました。(連絡先:青山 八木 03-3401-2374)
   
    (2008/1 よこやまゆうこ)

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