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暮しのなかのテキスタイルを楽しむ広沢麗子さんを訪ねて

広沢麗子さんのお仕事を最初に目にしたのは藤沢にある『工芸サロン 梓』でした。草木染の渋い色の取り合わせと、ざっくりした織りのティーマットとブックカバー。それらからは、暮らしへの細やかで温かな眼差しが伝わってきました。聞けば、作り手はウールのタペストリーなどを制作し、日展の入選者でもあるとのこと、ますます興味をひかれお訪ねすることになりました。

湘南の朗らかな冬の陽がさんさんと差し込むリビングルームは、手作りの品々が美しく飾られ、アメリカのインテリア誌にあるような雰囲気。若い頃、アメリカ生活が長かったと伺い納得しました。
広沢さんは、大学時代に染め織りを始め、いきなり県知事賞を射止めるという快挙。師について厳しい修行を、というのではなく、遊びにゆくつもりで近くの工房に顔をだしていたという程度の経験だったとか。卒業後ほどなく結婚。ご主人の留学でミシガン州イーストランシングへ。そこでの5年間では、ウール織物の腕を磨きました。帰国後、二人の娘を育てながらの制作でしたが次々と受賞を重ね、確かな実力を発揮してゆきました。
広沢さんの織るタペストリーの特徴は、半立体ともいえるレリーフになっていることす。デザインして平面に織った布を折り重ねることによってできる自然の立体曲線を巧みにデザインに取りこんでいます。袋のような奥行きをもつタペストリーは、色と柄によりデザインされた、ボリューム感のある折り紙のような印象です。糸や布と異素材を組み合わせたファイバー・アートを制作した時期もありましたが、日本では発表の場が少なく、飾る空間もないことから次第に作る機会を失ってしまったと残念そうです。
“日本には壁にテキスタイルを掛ける習慣がないのは残念。インテリアのアートとして、テキスタイルがもっと浸透すればいい”とおっしゃいます。ドアを開けて一歩玄関に足を入れたとき、アメリカのお宅にきたような印象を受けたのも、壁に掛けられた大小のタペストリーから醸しだされた雰囲気だったのです。
  広沢さんの創作のもう一つの顔は、絹糸の草木染です。子供のころ、植物に詳しい教師だった父親との散歩のつれづれに、さまざまな樹や草や花の名前を憶えました。街や庭にあるような植物ならたいていの名前はわかるそうです。そうした草木への深い知識ゆえか、“植物染色”とか“草木染”という総称的な言い方ではなく、“待宵草で染めた色”とか、“開花前の桜の色”と言いたくなるのだそうです。それぞれの樹や草や花の個性を受けとめ、秘めている色を染めだしてやることこそが、ご自分の役目と感じているとおっしゃいます。
また、絹糸といっても着尺に使われる光沢のあるしなやかで細い糸ではなく、繭から糸を引き出した最初のころのちょっとごわごわした感触の「きびそ」と呼ばれる糸や、糸を引き終わって最後に蚕がまとっている袋のような膜を糸にした「びす糸」などをよく使います。それらは光沢がなく、織り上がった布は、一見、木綿か麻のような風合いをもっています。また、ぱりっとした感じに織りあがる未精錬の糸も使います。草木で染めた糸は、一年ほど置いておくと色が安定します。工房の空間には、出番を待つ綛(かせ)がたくさんかけられています。さまざまな色の綛を眺めながら、次に織るもののイメージを膨らませ、糸のとり合わせや配色を吟味し、ショールやインテリアの品々に仕立ててゆきます。
  広沢さんの仕事の仕上がりの美しさにも目をひかれました。それは、織りだけではなく、洋裁や編み物など、糸や布をつかうすべての手仕事が好きと伺い、さもありなんと思いました。少し前までは、家族のセーターや洋服はほとんどお手製だったとか。アメリカにいるころは当時流行っていたシンプリシティ・パターンを使って、夫のコートまで仕立てていたそうです。
若い頃に出会った織り、そして湘南の豊かな自然から汲み出す植物の色に取り組んで37年。家庭生活との両立をみごとにこなしながら、着実にキャリアを続けてこられた広沢さんは、これからも無理のないペースで納得のゆく染め織りの仕事を続けていらっしゃるでしょう。暮らしを愛し、草花と交歓しながら染め織りを楽しめることは、ほんとうに素敵だと思いました。
ご自宅で、木枠を使った小振りのタペストリーを作る教室も開いていらっしゃいます。(連絡先:0466-28-9316)
    (2009/1 よこやまゆうこ)

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