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絣の仕事人・上原晴子さんを訪ねて

上原晴子さんは京都生まれで京都育ちの絣作家です。これまで多くの賞を受け、多い年で着尺4、5反を染め織るプロの作家です。そして今、創作に加え、後進にその技を伝えてゆくこともご自分の仕事であると感じていらっしゃいます。京都東山月輪山麓にある臨済宗大本山東福寺のなかの23の塔頭のひとつ霊雲院の境内にある、上原さんの仕事場をお訪ねしました。

では、上原さんはどのようにして絣の技を身につけたのでしょうか。まずは、この謎ときから。
学校を出てお勤めをした大阪の建築事務所が、当時の学生運動のあおりをうけて分裂解散。タイミングよく、その頃、京都の伝統産業である染織の担い手を育てるための専門学校『日本染織学園』が開設され、母親の“好きなことをやなさい”の言葉にあと押しされ、一期生として入学。3年間、染めと組紐を習いました。強撚糸を経尺し、染め、組台でかっちりと帯締めなどの紐を組む技術の習得です。『日本染織学園』は染色界の雄・上村六郎学園長をはじめ、老舗「龍村」を引退した染めと組紐織りの職人や、西陣織の職人、芸大からファイバーアートの先生が教えにくるという恵まれた環境でした。教師陣はおのおのの分野でその技を惜みなく教え、プロを育てるカリキュラムは実に充実したものだったそうです。終了後、植物染色を基礎から学ぶため、さらに全日制の染織コースで着尺の織りを学びました。上原さんはこの3年間も皆勤をとおし、すべての技を貪欲に吸収し、身につける努力を重ねました。こうして33歳で卒業するころには、はっきりと染織作家を目指すようになっていました。卒業の年に発表した「粋紗(すいしゃ)」といわれる、玉糸(2匹の蚕が入った繭から引いた糸)の強撚糸を経糸緯糸にして織られた平織りの夏の薄物は、当時登竜門でもあった新匠工芸会に入選。染織作家として幸運なスタートを切り、ほどなく、織り一本で身をたてる決心をしました。
  粋紗に加え、上原さんのもう一つの得意分野が絣です。ドラムを使った整経法では、着尺の幅で必要分の長さの経糸を巻きますが、上原さんはそれだけではなく、染める前の糸の絣括りまでドラムの上でしてしまいます。こうして括った糸を一旦ドラムからはずし、植物染色し、ふたたびドラムにかけ、ずらしたり「組み込み」と呼ばれる地糸と絣糸をデザインどおりに並べてゆく作業を、すべてドラムの上でしてしまいます。この手法は染織学院で学んだ絣の技法と似ており、また、西陣の絣を括る職人の技法とも似ています。絣を織る人は少なくありませんが、ドラム上で括りから整経までをしてしまう技を持つ人は多くはありません。
絣の技法を駆使して曲線を表現する工夫も重ね、大きくうねる曲線模様の絵羽は,上原さんの作品を特徴づけるものとなっています。絵羽に仕上げたときぴったり曲線の流れがつながるように絣が括られていることがわかります。友禅など紋様の染めでするのと同じことを絣という技法でしているのです。
デザインを考えるときの上原さんの流儀は、感動した風景や、見知らぬ町の印象などのイメージを図案化することが多いとおっしゃいます。例えば、沖縄の太陽と海、ヴェニスの古い館を訪ねたときに見たステンドグラス、飛行機から眺めた夜明けの空などがこれまでのテーマとなり、優れた作品に仕上げることができました。こうして創作された作品を、日本工芸会、工芸会近畿支部、京展、新匠工芸会、京都ビエンナーレなどの公募展に毎年のように応募し、次々と入選を果たしてきました。
柄のアイディアが浮かび、それを図案におとしこみ、整経をして糸を括り、染め、糊付けをし、糸を織機にかけ終えたら、もう作品は90%仕上がったも同然だそうです。
あるとき、西陣の絣の括り職人が、上原さんが手で絣をずらしていることに驚いたというエピソードもお聞きしました。プロが認める確かな技を求め、斬新な意匠や配色に挑戦し、多くの人に美しさを感じてもらえる作品を目指してゆきたいとおっしゃいます。これからも自由に創作の翅を伸ばし、公募展と個展に集中して制作してゆきたいと、上原さんは尽きぬ抱負を熱く語ってくださいました。
 
    2008年は、後継者に技を伝える仕事にも力を注ぎました。京都市が主宰する「技ゼミ」では、ファイバーアート専攻の学生たちに伝統の糸づかいを教えました。そこで気づいたのは、“いまの若いひとたちの糸との関係の薄さ”だそうです。昔、女の子は綾とりをしたり、リリアン編みをしたり、お裁縫を習ったり、紐結びに興じたりと、指と糸が自然に仲良しでした。一方、当節は物心ついたころから、ケータイやパソコンのキーは器用に打つけれど、パンツの裾上げは買ったお店でお直し、ソックスは穴があくまではかないのが常識。便利になった一方で、昔は女性なら誰もが身につけていた針と糸をあやつる指先の器用さを失っているのかもしれないことに気づかされました。
まさに円熟期に入った上原さん、2009年は引き続き創作を続ける一方、後進に技を伝えてゆくことにも情熱を傾けてゆきたいとおっしゃいます。
工房での教室についてのお尋ねは、075-531-1512まで。
    (2009/5 よこやまゆうこ)

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