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『キルギスを訪ねて』

標高5000mを超える天山山脈は、訪れた9月にはすっかり冠雪していた。その広大な裾野に羊や牛が放牧されている。そこに馬に乗った男性がふっと現れる。イシククル湖周辺の村で過ごすときに遭遇する風景はいつもそうした様子である。
2009年秋、羊毛フェルトによる手仕事を手がける村人達へのデザイン指導のため、中央アジアの北東部、キルギス共和国を訪問した。首都ビシュケクから車で東に6時間程移動した、標高1600mのカラコル市をベースにした活動である。ここは山脈を越えると北はカザフスタン、東は中国で、もう少し東へいくとモンゴルがあるという場所。人々はかつて遊牧民であった。
  キルギスでは、羊からは羊毛、牛からは乳製品、馬は移動手段として、家畜が人々にとって身近である。羊や牛の肉はもちろん、馬乳も飲む習慣があるそうだ。なかでも、羊毛は彼らが遊牧民であったころからユルタという移動式住居ための敷物や壁掛けに使われる大切な素材であった。現在は、ユルタで生活する人々はほとんどおらず、観光用のものを見かけることが多いのだが、装飾や内部のインテリアは大変興味深い。中でも、葦を素材とした壁飾りは目をひく。これは、すだれ状につくられた土台の葦1本1本に羊毛を巻きつけて模様を作り出していく。
例えば、町のクラフトショップの店先に立てかけられていたものは、かつてユルタに使われていたものだが、色合いも鮮やかで模様も細かく、制作過程を考えると気が遠くなるほど手の込んだもので美しい。一方、ユルタの骨組みは木、組み立てには様々な紐類が用いられ、床・壁・天井はすべて羊毛からつくられた分厚いフェルトで覆われている。ある村では、こうした大きなフェルトの注文を受けて制作している家族がいるようだったが、日曜日に訪れたバザールでも、色鮮やかなフェルトの敷物が売られていた。お昼前の帰るころにはもうなくなっていたので、あっという間に購入者が現れたらしい。
このバザールでは、家畜も取引されていてびっくり!早朝から、人々は丹精込めて育てた動物達を連れてきて、値を上げながら何回か売り買いを繰り返す。無防備に訪れた私の足元は、土や泥で大変なことになってしまったが、人や動物でごった返した野外バザールで羊、牛、馬に囲まれた経験は印象深い。思わず触りたくなるようなふわふわくるくるヘアーの毛並みの羊がいると思えば、光沢感たっぷりの立派な尻尾の馬がいる。私は、動物たちの間を縫って歩きながら羊毛や尻尾の毛を素材として眺めていた。馬の尻尾が素晴らしい紐になりそう、と思っていたらやはりロープが作られていて、ユルタに使われていた。他には、岩塩の出店もあった。この塩は動物が舐めるためのものだそうだが、実際に山脈をハイキングするの途中などには天然の岩塩を見かけることができるのだという。
  さて、最後に食のことを少し。隣接する中国の麺類やロシアのピロシキも一般的だが、キルギスには、‘プラフ’というお米料理がある。羊肉と野菜を炒めて米と一緒で炊き込んだもの。お米は粒が少し大きめの赤米だそうだ。しっかりした歯ごたえで、味わい深い。街の店ではプラフ用鍋が売られていた。地元の方の台所を見せてもらったら、この鍋がすっぽりはまるような仕組みの釜戸があった。私が通った村の羊毛フェルトの仕事にもこの鍋が使われ、野外で作業のための湯を沸かしていた。普段は電気ポットを使うそうだが、しょっちゅう停電があるためこの日は薪で。
この作業中、ふと後ろを振り返ると、羊の群れが横切っていた。またまた、馬にのった羊飼いの男性が現れたのだった。
佐藤千香子

写真:すべて佐藤

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