side story #205
でご紹介した染織作家牧山 花さんは、この秋、愛媛県野村町のシルク博物館養蚕センターで糸作りを経験されました。牧山さんからの現場レポートです。
牧山さんが糸引きの体験をした愛媛県野村町は、明治初期から養蚕が奨励され、大正初期には1000戸を越える養蚕農家がありました。昭和6年には、繭市場、乾繭、保管倉庫運営のための組合が作られ、その2年後には製糸工場も建ち、町を東西に流れる肱川の豊かな水と高度な製糸技術から、上質の絹糸の産地として高い評価を得てきました。
野村町で作られる生糸の特徴は、乾繭ではなく冷蔵状態で保存した繭を原料とし、繊度感知器などを用いない多条繰糸機で低速度繰糸した、かさ高で柔らかい風合いにあると言われています。
昨今、着物に使われる殆どの絹糸が中国、ブラジルなどからの輸入糸で占められているなか、手触りのよい、着心地のよい着物地を手織りする作り手たちにとっての貴重な産地となっています。
一、二年後には養蚕農家への補助金制度が廃止されるなど、今後ますます、日本産の絹糸は希少になるとも言われています。日本産絹糸は日本産漆と同じ運命を辿るのでしょうか。
(2009/11 よこやまゆうこ)
モノに囲まれ、モノをつくるの日々のなかで、ふと、このもとを辿っていったらどこに行きつくのだろうと思うことがある。
原点、というものへの憧れであろうか。またはそのことを知らなければ何も判断できないと感じる畏怖の念のようなものであろうか。
布の世界もまたしかりで、透過する布の世界に魅せられた私がまず向かったのは麻糸であった。風前の灯のようなその文化を学びに沖縄の宮古島に渡ったのは15年前のことである。その後、島から戻り、絹も交えた布をつくるようになってからは、ずっと、絹糸のつくられる現場をみてみたい、できることなら作ってみたいと思っていた。
ようやく手に入れたこの機会、はやる気持ちを胸に向かった野村町であった。
2009年10月5日から25日まで滞在した愛媛県野村町にあるシルク博物館の研修センター
座繰り糸の作業を学んで感じたのは、単純作業のようにみえる座繰りの世界が実は[みるみる目の前の自然物が糸に変わっていく]そのストレートな行為と、[どんな糸にしたいか、その行為の内容を決めるのは人間の意志であるという]イメージの喚起力が織りなす極めてアクティブな作業の結晶であることだ。
繭をもってきた農家のおじいさん。 「今年は小さいよう。食が細くて、やせてて、、」 と、心配そう。
「もう今年でおしまいと毎年思うんだけどね、やっぱりカイコはかわいいからねえ。やめられんのよう」 我が子のように慈しんでできた繭だ。
朝、センターに次々と晩秋の繭たちが集められてきていた。 選繭(せんけん)というこの作業、カラの繭、変色した繭、薄い繭、玉繭など、そのままでは糸を引けない繭をはじいて素早く選別していく。
何せこの量、どのように識別するのかはじめ戸惑ったが、2、3日すると勘のようなものがついてわかるようになってくるから面白い。
また、あらためて驚かされたのは繭の合理的なつくり。ほんの少しの作業で平均1500メートルもの長さに吐き出された糸の糸口が素直に出てくる。 そしてそこから引き出される糸は、あたかもあらかじめ、目に見えない枠にきちんとまきとられていたようにスルスルと、いとも簡単に引き出され、合わさりあう糸と糸は素直に寄り添い一本の糸になっていく不思議。
蚕は2、3日眠らずに糸を吐き続けるというが、なかには途中で息切れしてしまったのか、数メーター引くと途切れてしまう繭、病気になり蛹になれずに死んでしまった蚕もいる。
繭をゆでる温度、糸を引くはやさ、まゆがつかる湯の温度、すべてが糸質に影響をもたらす。
以前からどのようにして繭から糸が出てくるのだろうと不思議でならなかった。 やってみると拍子抜けするくらい素直に糸口が引き出されてくる。
もちろんこれは野生の原種(もっと糸が短く引きにくかった)を、人間が長い年月をかけて改良を重ねて作り出した結果であるが、まるで人間のため、糸になるために作られたとしか言いようもないその存在に、人間の意志と執念を感じ、感嘆するとともに、自然をそのように操ってしまう人間の怖さと業の深さを思った。
自然と人間の長いかかわり合いのひとつの象徴のような繭。
糸づくりの文化が日本国内からすたれるようになって久しい昨今、今このような時期にそのような経験ができ、いろいろなことを考え感じられたことは、これからのものづくりにゆっくり反映されていくであろう。
忘れてはならないことを教えてくれた貴重な20日間であった。
牧山 花
できあがった糸。しなやかで体温を感じる糸ができた。
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