裂織(さきおり)と聞くと、東北地方の分厚く重い藍染め木綿布を思い浮かべてしまいがちですが、小林純子さんの裂織は、繊細で軽くカラフルです。若いころ骨董店で見た襤褸布の美しさを心に刻みつけ、いつしか織りの道に分け入ったその軌跡を、湘南の光が眩しい七里ヶ浜の工房でうかがいました。
小林さんの裂織りのキャリアは「スプラング」と呼ばれる技法で組まれた伸縮自在な布を作ることから始まりました。この技法は3000年前に遡り、ヨーロッパ、ユーラシア大陸、アフリカ、南米など広範囲で作られていたことが知られており、今や、消え去ろうとしているといわれています。ベルギーの世界最古の裂、エジプト・コプト期、ペルー・ナスカ期などの資料が残っているそうです。その技法を簡単に言えば、上下に配された棒に縦の糸を渡し、捻ったり絡めたりして高機で織るもじり織にも似た織物に仕上げるというもの。
小林さんがスプラングの技法を取り入れたのは、機で堅く打ち込むのとは違い、布を裂いた糸がその風合いのままに残せるので、素材の魅力を生かすのに最適の技法だと考えたからです。小林さんにとって何より大切なのは、古い着物地を細く裂いた糸のもつ素材の美しさと存在感です。1996年、スプラング技法で制作したタペストリーで朝日現代クラフト展奨励賞を受賞。1999年には、自作の評価を受けたいと思って初出展した、裂織の服地が日本民芸館展協会賞を受けました。また、ムアマン・テクニックを用いた、紅(もみ)の裂糸が美しい布は、2008年スエーデンでの展覧会でテキスタイル関係者の注目を集めました。
小林さんの裂織では、一枚の布を織るのに、5、6種類の着物地や裏地を3ミリほどに切り、緯糸として用います。準備した無地、染め、織りの着物地の糸を、色合いを見ながら自在に混ぜながら織りあげます。これが布に奥行きのような味わいを加えているのでしょう。50年100年前の染めや織り職人たちの仕事が、小林さんのインスピレーションと手技によって再び生命を吹き込まれると言ってもいいようです。着ることにより馴染み、色落ちし、末枯れた感じになった古布の味が好きという若い頃からの嗜好は、時間の経過により古びた感じになった着物地を染め直したりせず使います。新たに織り上がった布も、新鮮ななかにも、どこか時間に馴染んだたおやかな風合いを持っています。こうした布を織るようになるには、ご主人の転勤で暮した長野県松本を拠点に、上越、佐渡、丹後などの郷土資料館を訪ね、古い裂織布を見てまわったことも大いに役立ったそうです。
卒業論文で比較文化論をとりあげ、民俗研究会で活動し、さらに進んだ美術短大では造形学科に籍を置き、テキスタイル・デザインを専攻。この流れのなかに、小林さんの現在の仕事の種が蒔かれていたようにも思えます。
たくさんの古い着物地たちは、ほどかれ、洗われ、きちんと棚に整理され、服地や帯に生まれ変わるのを待っています。
最後にご本人の言葉を。「裂織に魅せられたのは、その布が放っている驚くべき美しさであり、さまざまな技法を使ってこの織りを変える、またこれらの織りに新しい生命を吹き込むという素晴らしい自由があるからです」
グループ展のお知らせ:
『深化する和のモダン』展
布3名、陶1名による作品展。小林さんは春夏向きの裂織のストールなどを出品。
会場:銀座煉瓦画廊
中央区銀座4−13−18 医療ビル2階
tel:03−3542−8626
会期:5月8日(土)〜14日(金)
(2010/4 よこやまゆうこ)
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