東京から2000キロの太平洋に浮かぶ沖縄県先島諸島の一つ宮古島に伝わる宮古上布の作り手、平良清子さんをお訪ねしました。平均湿度77%という亜熱帯の地では、風通しが良く肌にべたつかない上布は必需品だったことがわかります。しかし、伝統工芸品としての存続を危ぶむ声がここ数年来続き、素材となる苧麻を育て、糸を績むひとの高齢化と後継者不足など、伝統を守る難しさは、南の島の珠玉の工芸品にも吹き荒れているようです。
宮古上布の糸の原料は「いらくさ」科の多年草である苧麻。茎を根元から切り、表皮を剥ぎ、裏からアワビの貝殻でしごいて繊維を採ります。この繊維を糸にするのが「糸績み」。生ブーを指や爪で細く裂き、結ぶのではなく撚りをかけて繋いでゆきます。着物一着分に必要な糸は、太さの違う経・緯糸を別の人が績んで半年かかるといわれています。宮古上布の特徴は細かい十文字の絣を点として図柄をだすことにあります。この絣は締機(しめばた)とよばれる技法で行われ、今回、運良く宮古織物事業協同組合で締機の様子を見ることができました。そして、染め。琉球藍で20回も染めると、ほとんど黒に近い深い紺色の絣糸が得られます。染まった糸をほどき、高機にかけて織ります。織り上がった布は砧打ちという工程を経て、宮古上布特有の艶と張りが生まれます。
平良清子さんは、宮古島で生まれた女の子の多くがそうであるように、中学を終える頃から織りを始めました。本格的にするようになったのは19歳のころ。それから既に50余年の歳月を宮古上布を作り続けてきました。宮古上布の工程は分業で行われますが、平良さんのご自宅には染め場があり、藍が建っていました。仕込んだ藍は一ヶ月ほど毎日アクを取り、酒、カセイソーダ、水あめなどを加えて毎日かき混ぜることさらに1ヶ月。この間、藍がま部屋へは訪問者を入れてはいけないとか、葬式に出ると藍の花が減る、などと云われているほど、藍の発酵には気をつかいます。納得の色が出るまで染め重ねますが、ベテランの平良さんでも、何よりも染めが一番難しいとおっしゃいます。
平良さんは、長い間、協同組合で宮古上布を習いにやってくる本土の人たちを含める生徒たちの指導にあたってきました。平良さんは、ぽつりとおっしゃいました。“教えても、彼女たちは宮古上布の後継者にはならないからね、、、”。地元の若い人で上布を一生の仕事としようという人は、今やほとんどおらず、本土から習いに来る人たちは、皆、帰ってゆくからです。“それでも、習いたいとやってくれば、教えないわけにはゆかないからね、、、”とも。宮古上布を愛するが故のことと察せられました。
沖縄の光あふれる窓際の空間に据えられた高機に、着尺がかかっていました。宮古上布の特徴の一つは、かすかな絣のずれを経糸で合わせてゆくことです。小さな十文字がきちんとクロスしていないと、模様がぼやけてしまうからです。少し織り進むごとに、針で経糸を引き上げて微妙なずれを合わせてゆきます。毎日毎日、何時間もこの作業を続けていれば、目の疲れは、容易に想像できます。機の先端の糸が巻き込まれているところには、不思議な状態で糸がセットされていました。昔からの織り手は、調節用の道具を使わず、くるくると糸の束を撚って軽く止めておきます。手元で経糸を引っ張ったとき、微妙に経糸が引き出されてくるという仕掛けです。通常は、経糸のテンションはぴーんと均等に張っていなければいけないのに、この融通無碍な仕掛けこそが、年季を要する仕事の素晴らしいところだと感じ入りました。一日10cmほどしか織れないというのも納得です。一反(約13m)仕上げるのに最低3ヶ月。フル稼働したとして、年に4反。高額な小売価格からは想像もできないほど少ししか生産者の手には残らないしくみは他の伝統工芸でも同じようなものですが、年4反で生計のたつ収入が確保できるかどうかが、宮古上布存続の要であるように思いました。
沖縄の歴史には人頭税という悲しい仕組みがあったこともあります。年齢に応じて米や粟で納める租税を、宮古、八重山では反物で納めることが義務づけられ、その責務は女性に課せられることが多かったのです。反面、そのおかげで上質な上布を作る工夫や努力が重ねられ、稀に見る美しい上布ができあがったとも言えるでしょうか。
平良さんは、今や数名になってしまった伝統工芸士のお一人として、2010年には、全国重要無形文化財保持団体協議会から功労賞が贈られました。今は指導職も退き、毎日好きなだけ機に向かっていられるのが何よりも嬉しいとおっしゃいます。協会の工房では、数名の若い女性が作業をしていました。宮古上布が幻の布とならないためにも、ベテランも新人も力をあわせて績み、染め、織り続けてほしいものだと思いました。
(2012/7 よこやまゆうこ)
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