輪島は能登半島の先端に位置し、明治〜昭和の交通の便を思えば、店を構えてお客さんを待つ、というビジネススタイルは考えにくく、品物を背負い日本各地に出向いて販売されました。軽量の漆器ならではの販売法ともいえそうです。
塩安眞一氏は「塩安漆器工房」の三代目当主。
初代政之蒸が始めた「輪島講」という販売方法を受け継いでいらっしゃいます。地縁社会が希薄になった当節、まだこうした販売方法が残っていることは瞠目すべきことではないでしょうか。もちろんそこには、祖父、父のたゆまぬ努力があったことは言わずもがなです。
塩安さんが文章を寄せて下さいました。
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