八ヶ岳南麓でクリスマスローズ、原種シクラメン、多肉植物などを育種する大木俊明さんをお訪ねしました。
そもそも「育種」とは馴染みの薄い言葉ですが、“生物の持つ遺伝的性質を利用して、作物や家畜の新種を作り出したり改良すること“の意。原種から好みの花を作るべく、時間をかけて交配を重ねてゆく現場を見学しました。
怪しい空模様のなか、ぬかるむ泥道に足を取られながら、ビニールハウスが並ぶ現場へ。6、7棟のハウスの中には、びっしり小さな鉢に入った発芽から2年目のクリスマスローズが犇めきあっています。その数の多さにまずびっくり。
大木さんの育種は、マンションの一室でスタートしてから20年、この地に根を下ろして13年が経ちました。
育種をビジネスとする大木さんの一年はどのような作業サイクルなのでしょう。クリスマスローズの開花は冬、2〜3月は都内や地元で販売会を開いたり、卸しの作業に追われます。珍しい花をつける交配ものを卸すのは、マニアを対象にしている花店が中心です。夏は環境管理に明け暮れ。ハウス周辺はモーレツに雑草が生い茂るため定期的草刈りは欠かせません。枯草を取り除いたり、ハダニなどが発生すると薬剤散布。散水。秋は種蒔きのシーズン。小さな連結ポットに一粒ずつ種を置いてゆく根気のいる作業です。彼はそれらの作業が楽しいとおっしゃいます。咲いた花の姿を想像しながら手を進めるのでしょうか。クリスマスローズが花を咲かせるのは、発芽から2年〜3年後。綿棒で一つひとつ受粉させた成果を目にするのは3年後ということです。待ちこがれた開花の瞬間は、きっとドキドキするのでしょうね。
花にも流行がある、と大木さん。一時期のクリスマスローズ熱は終息し、彼の関心も原種シクラメンなどに広がっています。シクラメンは、冬の観賞鉢花として人気がありますが、彼が育てているのは背丈が15cmほどの原種。下を向いて咲く姿がカタクリの花に似ていますが、ユリ科とサクラソウ科で、他人の空似。8月半ばのこの時期、花は一段落し、種を持ち始めた細い茎は、数本がくるくると足もとに巻いた姿で蹲っています。これから種をとり、育ててゆくのです。
さらに、多肉植物を求めて南アフリカへも行きました。生産者のハウスに夜忍び込む盗難ニュースを聞いて驚いた記憶がありますが、高額な多肉植物を求めるマニアが世界中にいる、ということが納得できるほど、その奇抜な姿は魅力的です。昆虫の世界も不思議な形、色に溢れていますが、多肉植物も奇想天外な様相を呈しています。この奇々怪々なる姿がマニアには堪らない魅力になるのでしょう。
大木さんは東京芸術大学を卒業後、日本を代表するファッションデザイナーのもとで働いていました。そんなある日、街の花屋で地味なクリスマスローズと出会ったことがきっかけで、育種にはまり込んで現在に至る、という経歴。その作業を見ていると、これは芸術家がカンバスに絵具、大理石、木塊、土などを素材にアートを生み出すのと同様、彼は植物という素材を選び、土や光や水を味方にして、何年もかけて目指すハイブリッド種を創造しているのだ、と納得しました。
大木ナーサリーのサイト:
http://www.ohgi-nursery.com
植物は通販でもお求めになれます
(花の写真は大木ナーサリーブログより)
(2019/9 よこやまゆうこ)
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