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    富士見町に石窯でパンを焼く若者がいる、とのニュース。こだわりの粉を使い、薪を焚いて石窯で焼くという。早速お訪ねすることにしました。
    そこは父の蕎麦店、姉の洋菓子店と西村公孝さんのパン屋さんが一角をなす場所でした。前には水田が広がる長閑な環境です。
    西村さんは高校の頃からスケートボードに熱中。アメリカに修行に出かけるほど打ち込みました。体がボロボロになったのを機に、何か五感に訴えるようなものを作りたい、と思うようになりました。父親が登窯で作陶をしていたこと、地元のパン屋でアルバイトしたことなどが重なり、釜でパンを焼くことを始めました。パンは誰もが喜んでくれ、作りがいがあると感じたのです。蕎麦の店の一角に見よう見まねで石窯を造り、作業場の増築も自分でやりました。

photo©Santeria
      独学ということは、壁にぶつかるとどうしていいかわからなくなることがあるものです。西村さんも、どういうパンを作ればいいのか、分からなくなった時期が来ました。そこで、2018年、行動派の西村さんは、何のツテも紹介もなくパリへ。たった一週間でしたが、2軒のパン屋さんで身振り手振りのパン修行。気さくなパン職人から、パンへの向き合い方のようなものを学ぶことができたと感じています。頭でっかちに考えすぎていたことを反省し、シンプルでバランスの良い、新鮮で混ぜ物のないパンを焼けばいいんだ、との確信を持つことができたと言います。
    粉は日本産のみ、油脂を使わない作り方にこだわっています。巷では舌触りの良いふわふわした、ナッツやドライフルーツなどを混ぜるパンを求める向きも多いのですが、ビジネスはさて置き、将来的にはバゲット、食パン、ブールというバゲットと食パンの間のようなパンの3種類に絞りたいと考えています。基本中の基本で勝負したいとの思いからです。
    父の蕎麦店、姉の洋菓子店と、西村さんのパン屋さんと、一家全員で美味しいものを提供する嬉しい場所が、富士見の明るい光の中にありました。
Santeria のHP:
https://www.quatresaisons-yatsugatake.com/bread

399-0211 長野県諏訪郡富士見町富士見 3679-18
11:00〜18:00
定休日 : 日曜日、月曜日
TEL / FAX : 0266-78-1708



『その2:和菓子店「乃風」の野村大樹さんを訪ねて』

    和菓子は日本の伝統文化を色濃く反映し、四季を表現し、見た目の美しさばかりでなく、日本人の美意識や味覚の細やかさを形に表したものと言えます。その良い例が茶道との関係。千利久の頃はまだ甘いお菓子はなく、栗や柿を供していたと言われ、江戸時代に入り砂糖の生産が増えたことにより一気に種類も増え、上流社会を中心に和菓子文化が花開きます。今に続く老舗和菓子舗は、江戸時代の創業が多いことからもそれがわかります。
    春は桜餅、椿餅、夏は柏餅、若鮎、葛切り、水羊羹、秋は栗蒸羊羹、月見団子、冬は亥の子餅、千歳飴、と枚挙にいとまがないほど、季節の草花、水の涼感など自然のうつろいをテーマに、菓子職人たちは独自の発想とより良い材料の使用、そのための技の習熟を目指し、根気と集中力のいる修行に励んできました。
    日本料理に関心のある欧米人の間でも和菓子の人気は高く、バターやクリームのこってり入ったケーキ類はダイエットに良くないと気づいた彼らは、和菓子にも熱い視線を注ぐようになりました。1993年の春「とらや」がニューヨークにオープンした当時のことを覚えています。マンハッタンの一等地に「とらや」出店のニュースは、NYタイムス紙日曜版グルメ欄に大きく紹介されました。雨後のタケノコのごとき日本料理屋の出店に次いで和菓子店の進出、前後して日本酒も上陸し、一気に味覚による親日家が増えた時期がありました。

    さて、今回は八ヶ岳南麓、JR小海線甲斐大泉駅から数分のところに「乃風」という和菓子店を経営する野村大樹さんをご紹介します。弱冠27歳の和菓子職人野村さんの「乃風」は、令和の年号がスタートした令和元年5月1日創業です。
    伝統的なものが好きだった野村さんは、雅な和菓子の世界に飛び込みました。和菓子を作りたいとの念いだけは強かったものの、どこから始めればいいかわからない。そこで、やっぱり和菓子なら京都だろう、とあてもなく京都へ。手当たり次第に十数軒の老舗和菓子店の門を叩きました。”働かせて下さい!”の情熱を受け止めてくれた店で修行が始まりました。京都の老舗和菓子舗といえば、茶道の世界に直結する”ややこしい”と世界、と想像されるのですが、このあっけらかんとした行動力は聞いてびっくり。きっと、老舗菓子舗も驚いたことでしょう。若さの賜物でしょうか。
    一軒目の店でしばらく修行ののち、親切な先輩職人の紹介で二つ目の店へ。ここで餡作りや上生菓子、干菓子の基本を覚えました。さらに東京の和菓子店、山梨の和菓子店で様々な経験を積みました。
    修行時代が数年続いた頃、そろそろ自分の店を持ちたいとの夢が膨らんできました。今のお店のある甲斐大泉は地元でもあり、運よく空き家になっていた現在の建物を借りることができました。数年使われていなかった建物を改築し、和菓子作りに必要な全ての道具も揃えることができました。

photo©Nokaze
      レトロな雰囲気の漂う「乃風」の引戸を開けて中に入るとショーウケースがあり、焼いた生地で餡を包んだ「葉折」という素朴な菓子、こし餡を砂糖でコーテイングした「松露」、夏の定番水羊羹などが並んでいます。添加物を使っていないので、「売切れ」の小さな札が添えてあるものもあります。冷蔵庫からとり出した程よく冷えた水羊羹をテーブル席でいただきました。
    『向田邦子 ベスト・エッセイ』(ちくま文庫)の中で、彼女は水羊羹へのこだわりを記しています。”まず水羊羹の命は切口と角であります。宮本武蔵か眠狂四郎が、スパッと水を切ったらこうもなろうかというような鋭い切口と、それこそ手の切れそうなとがった角がなくては、水羊羹と言えないのです”と。
    これら定番の他にも、上生(じょうなま)と呼ぶ茶会で供される生菓子の注文を受けて作ることもあれば、オリジナルの季節感あふれる和菓子も作ります。どれも繊細で色合いの美しい和菓子です。
    訪れた日は猛暑日でしたが、標高1000mほどのところにある店の窓を開けて、なだらかな坂の下から吹きこむ南風は、肌に心地よい自然の涼感を満喫させてくれました。
    冬には八ケ岳颪が風巻く店は、遠くに富士山を臨む頼もしい彼の城です。口コミで広がる地元ファンの中には、足しげく買いにくる甘党の男性客もいるそうです。
    ここにも、フットワークも軽く、自分のしたいことを実現させている若者がいました。
409-1501 山梨県北杜市大泉町西井出2840-5060
9:30~18:00
定休日:火曜日、水曜日
TEL: 050-5373-7525
(2020/9 よこやまゆうこ)

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