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    シナノキは、日本の木工芸ではあまり使われない木です。ヨーロッパでは、リンデン(菩提樹)はギリシャ神話に記されているほど昔から使われ、葉がハート形をしていることから「女神の木」とか「愛の木」と呼ばれ、神聖な儀式に用いられてきました。精神的な意味あいを持つ木とされています。
    亀井勇樹さんは、30年前からそのシナノキで「樹の鞄」を作り続けています。からりと晴れた穏やかな日、お訪ねした自宅兼アトリエは北杜市の谷戸という山中の一隅に、暖かな陽に照らされてありました。コロナのおかげでたっぷり時間が取れたのでと、手入れされた花壇にはさまざまな草花が植えられていました。蔓バラのアーチをくぐり玄関に立った時から、きっといい空間が待ち受けているような予感がありました。果たして、たっぷり陽の差し込む明るいショールームには、一つとして同じもののない「樹の鞄」が棚に飾られ、時間をかけて自分だけの一点を選ぶ楽しみを提供してくれる空間がありました。
    女性がバッグを持つのは、諸々の小物を運ぶため。化粧ポーチに始まり、スマホに財布、鍵の束、手帳、ハンカチーフ、のど飴も、その上マイバッグも加わり、けっこうな荷物になりがちです。そこで、働く女たちは軽くてたっぷり入って型崩れしない、そう、帆布などのトートバッグなるものを提げるようになりました。木製のバッグ、と聞いた時、え!使いやすいの?というのが私の最初の反応でした。その疑問を解くために、お話を伺いたいと思ったのでした。
 
      人と同じものは作りたくないとおっしゃる亀井さんは、脱サラをし、木、石、鉄など天然素材を使った彫刻を作ることからスタートし、相性のよかった木を素材として小物やバッグを作ることを始めました。飛び込みでご近所の店に置いてもらったり、販路開拓には苦労の歳月が長く続きました。子供の治療代が払えないとか、電気・ガスも止められてしまったりと、まるでフィクションのような日々だったとおっしゃいます。そうした時代を共に戦った同志のような奥様の広子さんが、脇からその時の様子を明るく語ってくださいました。
    基礎工事以外はもっぱらご自分で作ったというアトリエは、行程順に大小の道具類が並び、手際よく作業が進められる環境が整った空間。次の工程に進むのを待つバッグの原型が棚に並べられているのが目を惹きました。それら白木のままの原型は、形、形にあう取っ手、中をくり抜く作業や表面に模様を彫ったり、漆をかけたり、染めたりと、亀井さんとシナノキとの対話から生み出されてゆきます。バッグの原型たちは、亀井さんのイメージが発酵してきて、手に取り仕上げてくれる時が来るのを、棚の上でじっと待っているかのようです。
    素材の如何を問わず、精緻な手作り品を見たとき、”作るのにどれくらいかかるのですか”という質問をしがちです。例えば亀井さんの場合、原木市場から木材が届き、「木のベッドルーム」と呼ぶ乾燥小屋で10年ほども寝かせ、切り出し、彫り出し、染め、、、という作業は、一気に進むこともあれば、原型のまま3、4年も棚に乗ったまま、ということも。それらすべてを制作期間とすると、作り手を困らせる質問への答えは、使い手がどれだけその品を愛せるかということ、とでも答えるしかなさそうです。
   
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      アート作品とも言えるこれらの「樹の鞄」の魅力につかまり、一つ、又一つとコレクションしている女性もいらっしゃるそう。手に馴染んで味わいを増した愛着のバッグになるものもあれば、傷がついたので直して欲しいと望まれれば、傷を生かすような修正を工夫したり、全く違う色に染め変えてしまうこともあるそうです。北海道産の樹齢150年以上のシナノキから、木の癖を見極めたり、木目の面白さを引き出したりと、木とじっくり向き合い納得しながら、亀井さんの手しごとは進められます。
    こうしてお話を伺い、アトリエを拝見しているうちに、高級皮革をまとったブランド品とも、しなやかな革の持ち易いものとも、便利な布製のものとも全く違う、木から作られたバッグならではの魅力がわかってきたような気がしました。それは例えば「宝箱」とでも言えるようなもの。実用性ばかりが能ではなく、持てばワクワクするような快い緊張感があり、どんなファッションが似合うだろうと想像を膨らませたり、気づいて目をとめてくれる人との会話が弾むようなバッグ、それは精魂込めて作られた美術工芸品を愛でるのと同じ種類の、作り手が技と時間と愛情をかけて作り上げた”特別のものを持つ悦び”とでもいうもの。それが「樹の鞄」の魅力であると納得できたのでした。
    因みに、木でバッグを作ったきっかけは、手元にある材料で何か妻への贈り物を作りたかったから、とのこと。厳しい暮らしの中で4人のお子さんを育てている妻への感謝を込めた「樹の鞄」第1号は、きっと奥様の宝物でもあることでしょう。

「樹の鞄」kinokaban
409-1502山梨県北杜市大泉町谷戸5993-1
0551-38-2741
mail: info@kinokaban.com
web:www.kinokaban.com
 
(2020/10 よこやまゆうこ)

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