あれよあれよという間にコロナ感染が始まってから1年が経ち、いまだに先が見えず、日本も、世界も必死で対処しています。不安で不確かな時代が続きそうです。
そんなとき、何か不変のもの、確かなもの、信じられるもの、裏切らないもの、楽しい気持にしてくれるもの、そう、自分とモノとの関係について考えてみました。大げさなことではなく、高価なものでもなく、個人的な気持ちのつながりのあるものは何か、と考えてみました。
これまで大勢の作り手の方々と出会い、たくさんの美しいものを見る機会があったことに感謝しつつ、私の選んだ「たからもの」は、故角 偉三郎作のレターオープナー(ペーパーナイフ)です。
角 偉三郎さんは輪島の漆作家で、煌びやかな加飾をまとった完全無比な漆器が輪島塗とされていた常識に対して、丼のような豪快な合鹿椀や、丸太を縦に割ったへぎ板に漆を塗った盛板を産み出しました。誰も気づかなかった美しさを素材から引き出し、素朴で力強く、おおらかで華やか、飾り物でなく使えるもの、そんな塗り物です。
漢字の国中国では文房四宝があります。筆・硯・墨・紙の4つ。書家はこれら4つにこだわり、珍しい硯や墨を揃えることは実用兼趣味になってゆきました。
片や西洋ではどうでしょう。成功した政治家、実業家ともなると、ドーンとした大型デスクの上には革張りのパッド、署名用の太いペン先を持つエレガントな万年筆、そして銀製レターオープナー、便箋は名前を刷り込んだ特注の上質紙で、とやはり書くことにまつわる身辺の品々にこだわりを持つようになったのでした。ステイタスを示す上質な文房用具を愛でる心と習慣は、洋の東西で共通していたのです。封書を蝋のシールで封をしていた時代には、固まった蝋を切るナイフは必需品でもあったのでしょうか。
日本での漆器の売れゆきが右肩下りとなり、海外にも通用する漆の品は何だろうか、と商品開発を考えていた当時、考えた末に出てきたのがレターオープナー。漆のものは毎日手で触っていると味が出てきて、育てる楽しみがあると言います。新品よりも使い込んだ美しさを愛でるのが本当の漆器の楽しみと。それなら、レターオープナーはぴったり!
そこで角さんにお願いして作っていただき、それを原型として産地の職人さんに数を作ってもらう、という計画でした。結果から言うと、この新商品開発の試みはあえなく失敗。ある産地で作ってもらったそれは、似て非なるものでした。角さんが刃物で板を削り、漆を塗ったそれは、角さんの手からしか生まれようがなかったのでした。角さんに陳謝し、そして、私の手元に、 教訓とともに「たからもの」が残りました。
(2021/1 よこやまゆうこ)
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