創業明治40年、現在は4代目の田中茂樹さんが当主を担う竹清堂さんを、山梨県北杜市の山あいの工房にお訪ねしました。お訪ねした日は、雨の多い一夏で山の緑がいっそう深まったなか、珍しく晴れた朝でした。ご家族4名に囲まれ、和やかにお話が弾みました。というのも、ご両親は、別府市にある「大分県立竹工芸訓練センター」で共に学ばれたとのことで、お母さまの淳子さんもお話に加わってくださいました。そして、茂樹さんの奥さまの亜希子さんは、野の花を活ける挿花家です。この日も、茂樹作の大きな竹籠いっぱいに、淡い小花をつけた山野草が活けられ、入り口に飾られていました。
工房は今年6月17日にオープンしたばかり。初代田中喜助が「田中商店」として杉並の甲州街道沿いに竹細工の店を開いて以来、110余年にわたり営まれてきた工房を移転するにあたり、どのような経緯があったのかは興味のあるところでした。しかも、営業日は金、土、日曜日、それ以外は予約制。この環境激変の引っ越しの決断は、ご家族にとってさぞやのものと想像されました。
ところが、ご一家の決断は迷いなく行われたとおっしゃいます。それは、甲州街道の店を取り囲む環境の悪化が大きな理由でもあり、新しい店になる建物は以前から工芸品店「歩”ら里」として馴染みがあったこと、さらに、こんなところに店を構えたいとの念いをずっと持っていらしたというのです。そして、今年、工房兼店舗兼住居が一体化した、理想的な環境を実現されたというわけです。
興味ふかいのは、初代から現在の4代目までの4名は、同じ竹工芸の分野ながらも、それぞれアプローチを異にしていらっしゃるところです。初代は、主に日用品の竹製品を、2代目田中 清は、竹で大型オブジェを作ることを得意としました。大きな竹の白鳥を店の屋根に乗せて人目を引きました。築地本願寺の依頼で、春の灌仏会のために巨きな象を作ったことが、その後の竹のフィギュアの始まりだったそうです。終戦直後は、進駐軍の注文で大型ロケットを造ったこともあったとか。
そして3代目の旭祥(きょくしょう)さんは、美術工芸品としての竹の造形に挑戦されました。旭祥さんは日本工芸会正会員で、今年69回目を迎える『日本伝統工芸展』の竹工芸品部門の審査員を務めていらっしゃいます。
日常品としての竹工芸と美術工芸としての竹工芸品は、同じ素材を使っていながら、まるで異なる世界であることは容易に想像がつきます。早稲田大学卒業後、訓練センターで基本を学んだ後は独学で研究を重ね、ついに「日本伝統工芸展」に初入選、続けて翌年も入選を果しました。このとき、”いけるかな?!”との手応えを感じたとおっしゃいます。
見せていただいた細部に至る下図からも、思い描いた立体を形にするための緻密な準備が作品の出来を左右することがわかります。黒を基調に、植物染色の赤をあしらった現代感覚あふれる花籠。シャープな曲線が、竹という素材のしなやかでありながら剛い性質を巧みに引き出した造形であることが分かります。
竹工芸を愛でるのは、日本人よりもむしろアメリカ人である、と旭祥さんはおっしゃいます。「ロイド・コッツエン・コレクション」は、有名なコレクションの一つです。戦後まもなく来日したコッツエン氏が、西洋にはない竹工芸品の美しさに驚嘆し、40年にわたり収集したものです。当時、日本人は見向きもしなかった花籠などが安価で買い求められ、大量に海を渡りました。近年、里帰り展が催されたこともあります。
旭祥さんの作品もそのコレクションに加わっています。そして、5年ごとに個展をしていらっしゃいます。これまでに、氏の作品の2/3がアメリカ人コレクターの所蔵になっていることからも、それらの作品が高い評価を博していることが伺えます。日本橋三越デパートで毎年開かれる工芸展では、分野を問わず、昔も今も購入する人は希少であるとは、よく耳にします。灯台下暗しという言葉がありますが、竹工芸品に関しては、私たち日本人は改めてその美しさ、技、造形の妙を見直したいものと思いました。
さて、4代目茂樹さんは、父を師匠として21歳の頃から修行を積んできました。自然豊かな新たな環境を得て、これからゆっくり独自の道を見つけ歩みを進めてゆきたいとおっしゃいます。日常の暮らしに彩りをもたらし、和にも洋にもあうインテリアを豊かにするような竹工芸品もその一つです。
谷から心地よい風が吹き抜けるこの工房で、地元を始め、都会からのお客さまを迎えるオアシスのような場を、ご一家4名のチームワークで提供してゆかれるでしょう。 秋の週末、東京から中央高速で2時間ほど、ぶらりと訪ねてみてはいかがでしょう。
竹清堂
https://chikuseido.com
山梨県北杜市長坂町中丸1726-6
tel:0551-30-7976
(2022/10 よこやまゆうこ)
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