早々と咲き始めた桜を横目に、6時間半のフライトを終えて地上の人になると、そこはもう真夏。3月半ばのバンコクは摂氏35度↑。タイランドからの輸入促進を図るためのプロジェクトとして、タイ工芸品を調査する2週間の旅でした。 真夏のタイはやっぱり暑い! タイは、マレーシア、ミャンマー、ラオス、カンボジアと、4つの国に接し、人種的、文化的にも混じりあいながら発展し、現在も渾然一体となっているように、工芸品にもその影響が強く見られました。今回の旅では、ナン、チェンマイ、バンコクの3都市とその周辺の村々を訪ね、主に染織品、竹や草工芸品、手漉き紙などをサンプリングするJETROのミッションでした。 タイの人々の物腰はとてもやわらかく、挨拶のための合掌をされて、最初はちょっととまどいますが、暫くするとこちらからも合掌して挨拶するのが自然に感じられるようになりました。 つるつると耳障りのよいタイ語はとらえどころがなく、“ありがとう”を覚えるにも一苦労。世界でも難しい言葉の一つと言われているというのも納得。因に、“ありがとう”は、女性の場合“コープクン・カー”。道中もっぱら発していたのは“ローン・マック・マーク”。“すっごく熱いねー”。 必ずしも対日感情が良いわけではない歴史をもちながらも、日本からの援助に期待し、日本への輸出が落ち込んでいる昨今、何とか日本人に買ってもらえるもの作りをしたい、との切実な思いが強く伝わってきた2週間でした。 10年前の印象からは随分発展した古都チェンマイ、日本車が行き交う交通渋滞の街バンコクを中心に、駆け足で散見した旅のショットをご覧ください。
草の手仕事 細長くのびるタイ北部の小さな町ナン周辺にはモン族やミャン族などの部族が住んでいます。 草の茎から繊維をとって籠や敷物などを織っている村を訪問。子供から年寄りまでが一つ屋根の下に集まって作業に励んでいました。COOPのシステムがあり、材料仕入れの手配や分業のとりまとめをしているとのこと。また、NGOが農村からの出稼ぎによる人口減少を食い止めるためのさまざまな活動を続けており、NGOの指導で作られた手作り品の専門ショップもバンコクにあります。私たちが訪ねた村の人たちは籠の部分だけを編み、他の村の人が手を作り、また他の村でその2つを取りつけて完成品にするようでした。村人たちは一様に無口で、もっともっと話が聞きたかったのに、とちょっと残念。 他の町で陶器の壷に蔓を編つけているのは年期の入ったおばあさん。びっしり壷を編みでおおってしまう中国流とは一味違う、陶器の壷を見せたタイらしい大らかな味のものになっていました。
豊かな染織の伝統 今回、タイの工芸品でもっとも豊富で素晴らしい技が見られたのはテキスタイルでした。地域によって、部族によって、村によって、さまざまな色、柄、織り方をもっています。細かいクロスステッチの衣装に大きな帽子のミャン族の女性たちが、たくさんの品々をもって、3時間もかけてバイクでやってきてその仕事を見せてくれました。この地方のバラエティに富んだテキスタイルは、美しい草木染めの中間色のもの、鮮やかな赤と緑のストライプまでさまざま。木綿、シルク、麻と素材もさまざま。男性用の腰布として、また女性の正装用として作られてきたものです。藍染も盛んで、ろうけつ染めにしたもの、その上にアップリケでアクセントをつけたものなど、新しい工夫もしているようでした。総じて働き者は女性のようで、グループで勉強会を開きながら、伝統の技を守りつつ、新たな市場開拓にも熱心な様子が伝わってきました。働く男性の姿を見ることが少なかったのが不思議といえばフシギ。
竹を編む技 竹ヒゴを最大限まで細かくして編みあげる技はたいしたものです。京都の竹籠のベテラン職人にも匹敵する技といえます。これは日本にも輸出され、Tokyo priceで販売されているようです。中に絹を貼って手をかけた仕上げになっているものもホテルのショップで見かけましたが、軽快な夏の装いとマッチするのは、シンプルな竹籠だけのもの。 私たちが一番好きだったのは、オリジナルな形をもつ籠。1/3ほどのところに幽かに緑に光っているのは、おそらく玉虫の羽根だと思われます。控えめながら、優れた編の技が入っていて、腕のある職人がリラックスして作った雰囲気が伝わってきます。 メンバーの一人、工芸品の卸業を営む日野明子さんが屋台の横でポーズ。すっかり地元民していませんか。 もう一つ、オリジナルの形をもった魚を入れるための魚篭。ふっくらとした丸みが優しい動物のよう。魚が飛び出さないように蓋がついています。野の花を活けたくなりました。
やっぱり辛いタイ料理 田舎のほうへでると、昼食はいつも街道沿いの食堂。地元の人達がもっぱら好むバーミー・ナムとか、バーミー・ヘンという米のうどんかラーメン。スプーンを右手に、フォークを左手に、タイ人達は汁が真っ赤に染まるくらい辛くして食べます。汁ありか汁なし、ワンタンや肉団子が入ったのやらのチョイスがありました。でもこの昼食が5日間も続いたので、ちょっと味覚ホームシックになりました。 バンコク伊勢丹のレストランで食べた“タイスキ”と呼ばれている寄せ鍋は、肉団子から海老、いか、野菜などの具40種類くらいから選び放題で、辛油はもちろん、香菜やナンプラーを加えて自分の味にして頂きます。何と言っても美味だったのは、バンコクのスコータイ・ホテルのレストランで食べた本場トムヤムクン。ジューシーな海老とレモングラスの香りが一気にタイの夜の気分を盛り上げてくれました。食べることに忙しくて、デジカメする余裕がなかったので、写真がありません。この本場の味を友人にも、とスーパーマーケットでスープの素を見つけました。どれもすっごく辛そうです。 ホテルのレストランでは、赤米をバナナの葉をしいた竹の籠からお皿にとりわけてくれました。こんなところで、タイに来ているのだなーと実感。さしずめ日本なら、おひつからしゃもじでご飯をよそっていただく、といったところでしょうか。 街道沿いの食堂のガラスケースのなかに見つけたデザートは、長細い葉っぱで包まれたココナツの蜂蜜漬け。きちんとたたまれた葉っぱの使い方に、ひどく感激しました。
アジアンマーケットは雑貨天国 アジアの市場はどこでも品物が隙間もないほど天井まで積み上げられていて、そのエネルギーは独特です。ここでも日常品から食料品まで、ぎっしりとものがつまった空間がありました。素焼きのスープ鍋やココナツの殻のレードルなどの手作り品には、素朴で暖かい形がありました。この鍋のようなものも、タイ人の町場の生活から消えていきつつあるとか。ちょっと残念な気がします。 このミッションの成果は将来、商品開発とその展示会というかたちで発表される予定です。 (2002/4 よこやまゆうこ)
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