Side Story289
でお知らせした、能登半島の珍しい情報満載の地元建築家・高木信治さんによる記事を、シリーズでご紹介することができるようになりました。
金沢まで新幹線がつながり、そこからレンタカーで奥能登への小旅行も気軽にできるような気がします。あるいは、誌上旅行、空想の旅で奥能登のひそやかな文化に思いを馳せてみることもできそうです。
(この原稿は、季刊誌『能登』vol.6~15に掲載されたものです)
高木信治プロフィール
昭和17年輪島市生まれ。地元材や漆を使った店舗、住宅、インテリアを多く手掛ける。湯宿「さか本」:珠洲市、「塗師の家」大改修工事:輪島市、「瞑想の館」:富山県利賀村、昆布屋「しら井」:七尾市及び金沢市、和ろうそくの店「高沢商店」:七尾市、などの建築、インテリア設計に携わる。輪島市文化財保護審議会委員、NPO法人石川県茅葺文化研究会理事
私は金沢の建築設計事務所で10年間修行したあと、昭和50年(1975年)に郷里の輪島に帰り、建築設計事務所を開設してからはや38年の歳月が過ぎ去ってしまった・・・。
「ふるさと」に帰りながらも仕事に追われる毎日は何か大きな流れに押し流されているような感じであった。地域の様々なものが知らず知らずの間にその固有性を失っていくことを感じながら年月は流れた。しかし日本の大きな変化から見れば能登はまだまだ地域の文化が残っているほうであるかもしれない。
かつて明治の頃、天文学者パーシバル・ローエルが能登に向かって旅をし『NOTO』を著わした。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が日本に住み、多くの外国人が日本のことを著わし始めた明治期でも、能登はまだまだ知られざる地域であったようである。
昭和40年代に入り、日本は急速に経済成長をおしすすめ、若者は中央に吸収され、地方は過疎化の方向に向かいだした。一方、合理化を進めた都市部では利便性が追求され、スーパーマーケットやコンビニでの買い物があたりまえになってくると、かえって昔ながらの朝市が懐かしくなってくるのである。日本の高度成長期において皮肉にも「秘境能登」ブームが起こり、多くの観光客が過疎の半島に押し寄せたのであった。
たしかに能登も随分変ったかもしれない。しかしずっと変ることなく人知れずひっそりと佇んでいるような小さなお堂や建物、ちょっとした石垣や風と共にある風景が能登にはまだまだ沢山残っている。能登のそんなところを探して私は気が向くと出かけて行くのである。
仁王堂
穴水から県道を輪島に向かい、小又の三叉路で門前方向に左折してしばらく行くと、二又川の近くで「平」のバス停がある。そこを通り過ぎてすぐの小路を右に入ると、右手奥に茅葺屋根の小さな古いお堂が見えてくる。近づくとお堂の周りには大きな切り株がいくつも残っている。切り株の直径から想像すると相当大きな樹だったろうに・・・。お堂と共に在った樹々ではあったが、年月と共に大きくなり、大風が吹くと転倒する恐れがあるということで、平成14年秋に伐採されたという。 お堂は江戸時代に建立されたが、中の阿像(あぞう:口を大きく開けている金剛像)と吽像(うんぞう:口を閉じている力士像)は鎌倉時代の作で、二又川の元真言宗平等院仁王堂に安置されていたものが現在地に移されたという。現存する寺院も火災にあっているため、記録等は皆無であるが、県内最古とされる仁王像の大きさから推測すると相当大きな伽藍が実在していたものとされている。
この仁王堂は2間、約3.6m四方の平面で、外観もまことにシンプルなものである。壁は、竹を割り格子状に編んだ広舞下地土壁塗りで、外部の風雨の強く当たる面は竪板張りとなっている。茅葺屋根の軒の出は少なく、自然石の基礎にチョコンと乗っかっているような外観は、なんとなく不安定な感じがしないでもない。しかし2007年3月の能登半島地震にも何事もなかったようにしっかり耐えたのである。
「二又川」はこの地方最大の集落で、かつて大勢の村人がこの仁王堂の杉大樹の下に集まり、神輿(ミコシ)と獅子舞のお祭りを楽しんだそうである。
茅葺屋根は江戸期より何回となく村人によって葺き替えや「差し茅」がなされてきたのであるが、過疎のこの地域では残念な事に現在ではその存続は困難な状況になってきている。地元では維持費のかからないお堂に建て替えたいという要望が出ていると聞く。
わたしたちは何かを失ってから、その意味を知る場合がある。能登にある先人の足跡、昔人の作り出した形をもう一度じっくりと見直すことをしなくてはいけないのではないだろうか。能登にあるさりげない小さなものたちの、点と点をつないでみたいと思う。*
(高木さんが最初に撮影したとき以降に仁王堂の修理工事が行われました。新旧の写真を掲載しました。)
(2014/6 よこやまゆうこ)
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