能登半島の知られざる景色、失われゆく歴史的建造物などを、地元の建築家・高木信治氏が綴ったエッセイをシリーズで紹介しています。高木氏のプロフィールは
シリーズその1
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和倉温泉から車で奥能登に向かうとき、国道249号線や「のと里山海道」に出ないで、和倉温泉街の西端からすぐに海沿いに走る道路がある。能登島を右に見ながら七尾西湾に沿って続くこの湾岸道路は交通量も少なく、あまり人に知られていない。
沖に能登島がゆったりとした姿で横たわる風景は季節ごとに異なるが、能登の外浦の荒々しい姿とは対照的で、おだやかである。この道路から見える海側にはところどころに牡蠣貝の養殖場があり、浮きや竹竿がその範囲を示していて、水面にランダムに突き出た竿の群れはさざ波とともに静かで美しい表情を見せている。しかし静かに見えるこの内海の風景も、時には嵐の日もある。岸辺には養殖の船とともに、いくつかの牡蠣むき小屋がほとんど廃屋となって水際にその姿をとどめていたのであったが、今は少なくなってしまった。板壁や建具がはがれて背後の水面がキラキラと透けて見える光景は、それはそれで自然で美しく、私の大好きなポイントであった。
湾岸道路をさらに穴水の方に向かって走り、野島公園を過ぎ平成橋を渡り中島町塩津に入る。ここより右方に曲がりしばらく行くと、今は使われなくなった塩津海水浴場があり、対岸には和倉温泉が遠望できる。小さな岬の先端にはタブの木や藤などの原生林が残る「唐島の森」がある。海に向って唐島神社があり年一度夏7月第4土曜日に「かがり火恋祭り」が行われる。この唐島神社からキリコや神輿が船に乗り、山側から来るキリコや神輿とともに海上のかがり火の回りをグルグル回る。水面には、蓮の葉に油を浸ました木屑塊をのせた流し火灯明を3000個も浮かべるそうで、キリコの灯りとともに水面に映えてとてもきれいな光景になるという。
私が子供の頃、輪島の町には車も少なく、冬でも道路は子供たちの格好の遊び場であった。竹ゾーリ(手作りのスケート)を履き、踏みしめられ固くなった路上を夜遅くまで滑り遊んだことを思い出す。家の中では炬燵にはいり水羊羹を食べ、ミカン突きなどをしてゆったりとした時間を楽しんだのであった。そんな頃、冬になると黒い軍隊コートを着たおじさんが大きなバケツにかき貝を入れ、てんびん棒でかついで輪島の町中を売り歩いていた。「牡蠣貝のむきたて〜エ」という語尾が少し上がる哀調のある売り声が、降りしきる雪の中から聞こえてくると、長くどんよりとした能登の冬を耳から感じるのであった。*
高木信治氏による『さりげない風景』はビル・ティンギー氏の翻訳で英語版でもアップしています。
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(2015/6 よこやまゆうこ)
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